佐高少年の灰色景色


 約束

 母親に倉庫の掃除を言いつけられた。
 共働きの両親は休日も仕事が入ることがある。綺麗好きな母親は予定が狂ったのが相当不服だったらしく、代わりに暇そうな俺にやらせようとした。実際、暇だった俺は反論の一つも出なかった。
 そうして良く晴れた土曜の午後、遅い昼飯を済ませた俺は、庭の隅に佇む倉庫の前に立っていた。日頃存在を忘れていた倉庫は小さく安っぽいが、そこそこの収納性はあったようだ。扉を開けると、埃臭い空気が漂ってくる。くしゃみが出そうになるのを堪えて、マスクをつける。母親はエプロンと三角巾も使えと言ってきたが、服も頭も洗えばいい。
 軽い腕まくりだけで中へ入った瞬間、入り口から強い風が入ってきて、積もり積もった埃を巻き上げた。……今すぐ風呂に入りたい。
 初っ端からやる気が無くなった俺は、適当に埃を払って終わることにした。上っ面だけをハタキで軽く撫でて、もういいやと思ったとき、本を積んだ一角に中学の卒業アルバムを見つけた。
 なにげなく開いて眺める。つまらなそうな顔の自分と目が合った。二年以上前のものなのに、印象が今と大して変わっていない。昔から大人びていたと言えばそれまでだが、その隣でアホなポーズを決めている総葉は随分背が高くなったというのに。
 大して面白くもないアルバムを閉じると、今度は卒業文集が目に入った。
 中学の思い出について無理やり書かされたはずだが、内容はさっぱり覚えていない。
 パラパラとめくると、付録のフリースペースが出てきた。ごちゃごちゃとしたイラストの間に、一言ずつ将来の夢が書いてある。
 有名大学に入りたい。
 素敵な人と結婚して、幸せなお嫁さんになりたい。
 甲子園に行って、野球選手になりたい。
 一流企業の社長になる。
 犬が飼いたい。
 看護婦さんになりたい。
 漫画家。
 なぜだろう。たった二年前のものなのに、随分子供じみたものに感じた。そういう自分は何を書いたんだったかと思った矢先、一際大きな文字が目に入った。

   『世界征服☆(経済的な意味で)』

 ……うぜぇ。
 名前を確認するまでもなく、総葉だった。
 つくづくバカだなぁと生温い気分で眺めていると、自分の文字を見つけた。
 『今のままの平凡な人生でありますように』
 なぜに願望形。
 昔の自分の発想に思わず絶句する。しかも内容が大して願うほどのものじゃない。
 ほんっとうに書くことがなかったんだなと、呆れも込めた溜息で冊子を閉じた。平積みの本の山の一番上に置く。
「心配しなくとも、どうせこのままだろうさ」
 過去を自嘲した瞬間。
 本の山の向こう側、薄暗い物陰の向こうから、するりと小さな子供の手が伸びてきて、俺の小指に小指を絡めた。
「!」
 びびったのもつかの間、手はするりとほどけて物陰に収まる。
「…………」
 指先に残る感覚に、俺はしばらく立ち尽くしていたが。
 その後は、床を引き剥がさん勢いで倉庫の大掃除を始めた。しかし子供らしきものはどこにも見当たらない。

 一体、なにを約束させられたのだろう。



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