佐高少年の灰色景色


 電話

「なあ、今時携帯持ってないってヤバくね?」
 心底呆れた顔で総葉に言われること数回。高校生の中では少数派だったが、俺は携帯を持っていなかった。別に欲しくもなかったし、必要だとも思わなかったからだ。出先で公衆電話を使うもよし、職員室で借りるもよし。いざとなれば連絡の付け方はいくらでもある。
 が、そんな俺の意思とは関係なく、携帯電話が手に入ることになった。
 親父が携帯会社を変えることになったんだが、契約の関係で今解除すると金が掛かるらしい。二ヶ月待てば無料で解約できるんだからもう少し待てばいいものを、なんでも今セール中の機種がどうしても欲しいんだそうだ。セール中じゃなければ良い色も買えないらしく、今しかないんだとも言っていた。使ってみて気に入らなければそこで破棄すればいいからとにかく使えと、親父が言ってきた。母親経由で。
 っとに、子供かよ。
 心底呆れたが、相手は自分の親。日頃似ていると言われるだけあって、無口同士接触がなく、断るにも機会がなかった。そうこうしているうちに親父は待望の新機種を手に入れ、俺は要らない中古品を回された。母親経由で。
 そんなわけで今、俺の手元には慣れない電子機器があるのだが……。
 俺はメールをしない。文字の打ち方が合わないからだ。
 俺は電話をかけない。滅多に用事がないからだ。
 他の使い方は知らない。だって電話だぞ、なんでカメラがついてんだ。
 よって、主な用途は受信だけだった。
 だが、俺宛に電話がかかってくることはそうそうない。使わないものを持ち歩くのも面倒になって、自然と机の上に転がっていることが多くなった。
 俺が自分の机を使うのは宿題をするときぐらいだったが、そういう時に限って電話が鳴る。今日もノートを広げた瞬間、
 ピピピピピピピ
愛想のない電子音が鳴った。面倒だが出る。
『あ、佐高課長ですか? 明日のミーティングの件なんですが、少々問題が見つかりまして……』
 またか。
 元は親父の携帯だっただけあって、親父宛の間違い電話が何度も来る。そしてこういう電話は必ず自分の用件を言うだけ言って、勝手に切る。
 今日の相手も口を挟む隙もない勢いで喋って切った。こっちの言い分は無視だ。
 ったく、どういう教育をしてんだか。
 気を取り直して宿題を始めたとき、またもや着信があった。
『あそぼー』
 小さな子供の声で、楽しげに言われた。
 が、こっちは宿題中だ。キャッキャウフフと楽しげなカギのいたずらに付き合う暇はねえ。即行切る。
 と、間髪入れず電話が鳴った。
 リダイヤルかと放置していたが、いっこうに諦める気配がない。
 しょうがないから渋々出ると、総葉だった。
『もしもしコトリちゃん?』
 コトリというのは俺の不名誉な呼び名だ。本名の小時をもじったらしいが、使うのは腐れ縁の総葉だけ。
『や、本当に携帯使えてんのかと思って。メールしても全然返事来ないしさ。そういうの感じ悪いぞ。ま、いっても無駄だろうけど。コトリちゃんって不器用っぽいし。なんかもー俺、じーさんに携帯持たせた孫みたいな気分だよ。気が気じゃないってゆーか。オレオレ詐欺とか絶対引っかかんないでね? うわ、言ったらマジ心配になってきた……』
 俺はお前の何なんだ。勝手にジジイ扱いすんな。
『じゃ、またなんかあったらかけるわー』
 一通り喋りつくして、総葉は一方的に切りやがった。
 妙に疲れた気分になって、俺は携帯を投げ捨てる。やっぱり機械は合わん。
 そうして、ふと気付く。

 ……俺、一言も喋ってねえ。

 あれか、親父も無言電話体質だから、部下が一方的に喋るのか。
 なんだか無性に気に入らなくなって、即行解約した。



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