佐高少年の灰色景色


 家出

 最近、猫が居すぎだ。
 俺が言う猫はもちろん従姉の飼っている灰色いヤツのこと。
 コイツがいつ見ても塀の上にいる。置物かっつーぐらいいる。のみならず勝手に庭に入ってくるし、縁側でごろごろ寝転んでいる。しまいには座敷まで上がって寛ぎだした。随分と我が家に慣れてくれやがったらしい。
 しかし不思議なことに、飼い主の玲奈さんが通りがかると素早く身を隠す。その素早さは忍者も適わない。玲奈さんの足音を聞きつけるやいなや、一切気配も残さずに忽然と消えるのだ。元々コイツはうちの前で玲奈さんを待っていたはずなんだから、彼女から逃げたら本末転倒だろうに。まったく意味が分からない。
 だが、飼い主の玲奈さんはそんな猫の行動などお見通しのようだ。今日も残業を終えた彼女はうちの玄関へやってきた。俺が出迎えるより早く、慣れた調子で呼びかける。
「コトくーん、またルネ来てなーいー?」
「…………」
 来てるもなにも、俺の背後で息を潜めていますが何か。
 どうしたものかと思案する俺の背後で、変声期前の子供みたいな声がする。
「……言ったら背中に三本スジ」
 脅迫すんな。
 仕方なく出ていって、玲奈さんに今日は来ていないと嘘をつく。ついでに何かあったのかと、無関心を装って聞いてみた。
 玲奈さんは心底心当たりがなさそうな顔で「うーん」と唸り続けること数分。
「分からないんだけど、なんか最近つれないの。私が仕事であんまりかまえないから、すねちゃったんだと思うんだよねー。ま、気にしないで」
 へらっと気楽な笑顔で、ひらっと手を振り出ていった。若い頃に一時期コギャルをやってた従姉は、社会人になっても妙なところでノリがギャルくさい。最近は化粧も垢抜けてきて、美人に磨きが掛かってきてはいるのだが。
 心配だから他も当たってみるという従姉に罪悪感を感じながら、俺はどうにも釈然とできなかった。玲奈さんの態度と、猫の態度の重さが食い違いすぎていないか。
 部屋に戻ると、猫が窓から出ていくところだった。尻尾を掴んだら凄く嫌そうな顔で振り向かれた。上瞼のラインが横一直線だ。完璧に目が据わっている。普通の猫ならここでシャーッと一発引っかかれるんだろうが、あいにくコイツは普通じゃない。
「玲奈さん、心配してたぞ」
「…………」
 半眼のまま黙り込む猫。
 そのままじーっと睨み合う。
 やがて猫が目を逸らし、はぁーっと長い溜息をついて手から尻尾を引き抜いた。
「君は幸せそうでいいね」
 猫に言われる筋合いはねえ。



 次の日、買い物に行かされた俺は玲奈さんを見つけた。
 綺麗に着飾った彼女は、見慣れない年上の男と仲良く歩いている。何か呼びかけて相手を見上げた横顔が、幸せに輝いていた。
 ……なるほど。
 猫はまだ、ふてくされて我が家に居座っていることだろう。
 今日は奮発して、刺身の一つでも奢ってやろうと思う。



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