佐高少年の灰色景色 冬着 正月の年賀ハガキを睨みつけること数十分。一向に妙案が浮かばない。 ハガキを買うのを忘れていた親の被害をこうむり、俺は人生で初めて、元旦を過ぎてから年賀状を書いている。もうすぐ学校が始まるから、それまでには書いてしまいたい。 ありふれた決まり文句を二、三書いておけばいいことは分かっている。事実、親戚やその他の知り合いには、愛想のない既成のハガキに『あけましておめでとう』の一言を添えてあった。 しかし、と、手元のハガキを見る。 『コトリちゃんへ。 あ・はっぺー 乳ー イヤーン(ハート)』 思わずハガキを握り締めて、生ゴミに捨てたくなるのをぐっと堪える。ついでに、無意識に罵詈雑言を書き殴ろうとする右手も押さえる。罵倒は頭の中だけにする。 正直、縁が切りたい。 斬れるもんなら、ざっくりと。 ちなみに、コトリというのは俺の憎たらしい愛称だが、本名は佐高小時。コトキだ。 こんなものを送られたからには、なにか一矢報いてやりたいが、あいにく俺のボキャブラリーに、アイツヘダメージを与えられるようなものはない。俺は古臭い堅物らしいから。 めんどくせぇ。 結論に至って、俺はさながら売れない小説家のようにわしゃわしゃと髪を掻き回し、机にうつ伏した。 雪が屋根を滑る音がした。今年に入ってからかなり冷え込んで、毎晩のように雪が降る。こうしてコタツにハンテンを着込んでいても、底冷えに悪寒がするくらいだ。俺はもぞもぞと顔を上げ、締め切られた窓の向こうへ目を向けた。 無音で降り積もる雪。世界が白く染められている。 その白い視界の中で、小さく動くものがいた。 猫だ。いとこのお姉さんの飼い猫。 雪の積もったブロック塀の上に座り込み、猫は細い体をぶるぶると震わせていた。頭や背に積もった雪が、身震いで落ちる。 俺は窓を開けて、縁側から庭へ出る。ぞうりに積もった雪が冷たくて、霜焼けができそうだ。吐息が白く凝る。空気は霜が混じったように冷たく、硬い。 猫は俺を不審げに見遣り、無視した。こいつとの関係は、互いに無視が基本となっている。 「おい」 声をかけると、耳がこちらを向いた。 「今日くらいは、先に帰れよ」 この半家出猫は、毎日ここでいとこのお姉さんが仕事から戻るのを待っている。この家は交差点に面していて、遠くまで見渡せるからだ。忠犬ならぬ、忠猫。ずっと居なかったのが突然現れたのをみると、お姉さんは正月休みを返上しての出勤らしい。 猫は俺の発言を無視し、震えながらその場に居座った。 灰色の空からは、白い雪が降り続く。ふわふわしていそうなのに、案外ストンと落ちてくる。 俺は溜息をつく。白い煙が大きく広がった。 「なら、家の中で待ったらどうだ」 これも無視。 非常にむかついたが、そもそも猫に言葉は伝わらないということに気付いて、ばかばかしくなる。肩をすくめて踵を返した。 その途中で、ふと気付く。 「……そういえばお前は、冬毛にはならないのか?」 何気ない呟き。 今さっき見た猫の有様が、あまりに貧弱で、まるで夏毛のままだったように思えた。 「……そっか」 去ろうとした背中に、ありえない声がかけられた。高く済んだ、少年のような声。 ぎょっとして振り返る。 その先にあったものを見て、俺はもう一度、度肝を抜かれた。 猫が、もっさりとした冬毛になっていた。 「…………おい」 恐る恐るかけた声も無視。猫はぬくぬくと丸まって、目を閉じている。 その冬毛、その品種にはありえないから。 そう教えてやるべきか迷ったが、俺は諦めて家に戻った。 総葉の年賀状、あの猫の模写でいいや、と思って。 これだから喋るのは嫌いだ。 何が返ってくるか分からない。 |