佐高少年の灰色景色


 秋桜

 学校からの帰り道、総葉が今日はそっち方面に用事があるから、一緒に帰ると言い出した。
 俺たちの家は学校を挟んで正反対。珍しいこともあると思いながら、連れだって帰る。俺の家は総葉ほどではないが、学校から近い。徒歩通学でも十分な距離だ。
 何を話すともなく歩いていると、総葉の方がかなり身長が高いことに気付く。
 中学の頃は俺の方が高かったのに、総葉は大器晩成とばかりに伸びていった。後半伸びなかった自分にもむかつくが、コイツに見下ろされているのかと思うとむかつきが増した。
 総場はあちこちを物珍しげに見ていたが、その呟きを拾うに地理のことばかり考えているらしい。歩いて何分、直線距離は何メートル、道幅は規定にあっているか、空き地の量は、コンビニの間隔は、などなど。
 ようは数字が好きらしい。総葉は暇さえあれば暗算で遊んでいるという。中学で数学を諦めた俺にしてみれば、信じられない趣味だ。
 俺の胡乱な視線を感じて、総葉が言い訳をする。
「こっちの方ってあんま来ないからさ、色々気になっちゃって〜。綺麗なお姉さんいないかな、とか」
 その言い方はアホ丸出し。俺があと四年若かったら、殴ってた。
 別にコイツが何を考えてようと、俺には関係ない。肩をすくめて無視する。



 しばらく行くと、桜の屋敷の前を通った。
 門の向こうに広がる、桜の古木。太い幹を低く這わせ、横に広がる様は雄大だ。
 その枝先いっぱいに乗った桜の花。淡い花びらを今日も散らして、絶え間なく舞い落ちる。
 ひらり、ひらり。
 その下で初老の女性が上品に小袖を着こなして、今日も花びらを掃いていた。
 向けられる微笑みと、会釈。
 俺もいつものように目礼を返す。
 すると、隣で総葉がほうと溜息をついた。
「……綺麗だな」
 思わず零れ出た総葉の呟きに、ご婦人はにっこりと微笑んで、深々とお辞儀を返した。
 突然、突風に花びらが巻き上げられ、視界を奪う。
 慌てて目を閉じた。ぱたぱたと花びらの張り付く感覚。額に、服に、一つ一つ張り付いては、剥がれていくのが感じられる。
 次に目を開けたとき、今度こそ俺は言葉を失った。
 そこにはもう、満開の桜はなかった。
 朝霞が昼には溶けてしまうように、淡い桜の花びらは消えている。残されたのは、無骨な枯れ枝。
 それでも止まない花吹雪に、一枚、逃げていこうとする花びらを掴んだ。
 細長く筋のある、濃いピンク。
 桜じゃ、ない。
 視線を戻すと、枯れ果てた桜の老木の下に、無数のコスモスの花が咲いていた。
 総葉が何事もなかったように、
「ほんと綺麗だな、コスモス」
と言い直した。
 そうか。
 彼女は、ずっとその言葉が欲しかったのか。



 そうして俺は、桜は年中咲かないものだと学習した。
 結構、よく咲いていると思うんだが。



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