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乙女達の夢(No.4:アイ) 「……そっか」 いつも通り唐突に、ぽつりとスウが呟いた。 「アイとデュノたちって、兄弟になるんだ」 「はあ?」 いきなり何言ってんの。 素っ頓狂な声をあげながら振り返ったせいで、ホットケーキをひっくり返すのに失敗した。あーあ、端っこがぶにょって飛び出ちゃった。もー、これスウのだかんね! あたしは口を尖らせて、流し台で慎重にコップを洗ってる親友を睨む。 スウはいつも突発的だ。見てるモノと聞いてる話とやってる動きが、出てくる言葉とまったく繋がってない。頭の中ではなにやら一生懸命考えてのことらしいけど……こっちはそこまで見えないんだから、毎度心臓に悪いのよ! 「そっかー。なんか嬉しいね、アイ」 「べぇっつにィー」 一息でぶーたれてみせた。 「あたしとは兄弟じゃないもん」 デュノとレゼっていう双子は、お父さんの実の息子だ。 特にデュノとかいうほうは、スウがしょっちゅう名前を呟いてる。恐ろしいことに本人は無自覚なんだけど、溜息とともに呟かれると無性にイラッとするんだ、これが。 あたしは澄まして答える。 「スウも知ってるでしょ。あたしはお父さんと血が繋がってないの」 実はこれ、あたしとしてもついこの間の発言で発覚したのよね。それまでも十中八九そうだと思ってたけど、確認したことはなかったんだ。 「でも義理の兄弟だよね。ん? 義兄弟?」 言ってみて自分の言葉に迷うスウ。義兄弟ってなんかむさ苦しい響きだわ。 「やめてよ。そんな顔も知らないヤツと兄弟なんて、気持ち悪い」 「気持ち悪いってひどいよ。別に顔は……んー……」 スウはお得意の考え込んでるんだかぼーっとしてんだか分んない顔で、視線を宙に漂わせた。 「意外とヴィセさん似?」 「あたしに聞くな」 「色は違うけど、髪質は似てるかなぁ。鼻と口元と輪郭と耳の感じも、うん、かなりそっくりかも。……レゼの方は」 スウは最後、ぼそっと微妙な追加の仕方をした。 双子のクセにかたっぽだけ指定するってことは、二卵性なのかしら。お父さんはそんなこと、一度も言ってなかったけど。 「目元だけ女王似……かなあ?」 ひくっと口元を引きつらせて、スウが大きく首を傾げた。なによその自信なさげな笑顔は。 「どんななの?」 「こう、きゅってなってる」 目尻を指でちょっぴり引っ張って持ち上げるスウ。若干切れ長ってことかしら。 「レゼはパッチリしてるから目が大きく感じるよ。でもデュノはこう、ふってなってて」 その瞼が下がって、半眼になる。ていうか効果音で喋るのやめなさい。 「伏し目がちで可愛いの」 「すっごい目つき悪く見えるんだけど」 時々スウの感性ってわかんないわ。 あたしはホットケーキを焼き上げると、新しいタネをフライパンへ流し込む。よし、こんどこそ綺麗に作るわよ! 意気込むあたしを見ながら、スウがふふふと笑った。 「二人とアイなら、アイが真ん中かな。レゼがお兄さんで、デュノが弟。アイは甘えん坊の妹で世話焼きなお姉さん」 ニコニコ顔でお皿を拭く。危なっかしいったらありゃしない。 「いいなあ。私一人っ子だから、そういうの羨ましいな」 「いいじゃない、スウは真彦がペットで」 「ペットって」 「アレは『お兄ちゃん』じゃないでしょう」 「真彦さんも『一人っ子!』って感じだもんねー」 結局否定はしないで、スウはあははと笑ってる。つるっと手が滑って、スプーンが流しに落ちた。良かったわね、ガラスじゃなくて。 「そう思うと、レゼはちゃんと『お兄さん』だったなぁ。むしろお兄さん過ぎだったかも」 「そうなの?」 「デュノにはね。私には同級生ってかんじかな? 学年に一人はいるでしょう。明るくて頭も良くていつも友達に囲まれてる、ちょっとポジションが他の人より高そうなタイプ」 視線に意味ありげな色をのせて、スウが面白そうに微笑む。 言われて思い出したのは高校の頃の生徒会長。うるさいグループのリーダーだったけど、顔も成績も良くてさ。ただの優等生じゃないって感じが皆にウケてた。思えば、クラスメイトとして接するには普通のヤツだったけど、壇上では映えてたかも。 「そういうヤツってムカつくことに、案外爽やかスポーツマンだったりするのよねー。小さい頃から足速かったりして」 「そうそう。でもユーモアもあって」 「たまに弄られたりもして、周りはいつも人でいっぱい」 「面倒見も良くて、年下にも優しいし」 「親や先生からの信頼も厚くて、大抵のことはさらっとやってのけちゃう」 うんうんうんうん。 二人揃って頷きあってから。 「そんなコンプレックス刺激されそうな兄はいらん!」 一閃、あたしが吼えた。 でも慣れっこの親友には効きやしない。 「ええー。アイ、わがままだよ」 「嫌よそんな『お前も少しはしっかりしたら?』とかナチュラルな嫌味を言われても反論できなそうな相手! あたしはあたしのワガママを100%聞いてくれる、ヘタレっぽいお兄ちゃんの方がいいー!」 「あー」 いわれて初めて思い当たったというように、スウはめちゃくちゃ納得した顔をした。親友にそんな顔されるあたしって……確かにワガママし放題ですけど。 でもその納得はあたしに対してじゃなかったみたい。 「大丈夫。そのケはあるよ」 真顔で頷かれた。 スウにしては珍しい断言に胡散臭いものを感じつつ、あたしはフライパン返しをさっとホットケーキの下へ差し込む。うむ、完璧な焼き具合だわ。 「でもそんな兄がいたんじゃ、弟はやってられないでしょうね。あ、スウ、バターとって」 お皿へホットケーキを移して、上からハチミツをたっぷりかける。 「ん。……んーそんな風には見えなかったけどなぁ……」 思わしげにバターを持ってきたスウは、そのまままたもや意識がどこかへお散歩へ行ってしまった。傍目にはあたしがバターを切るのをじーっと見てるんだけど、見てるようで見ちゃいないんだ。 「ねえ、アイ」 あたしが切り終えたバターを慎重にホットケーキの頂点へ乗せたころ、スウが初めと同じくぽつりと呟いた。 「……敵わないって認めることは、間違ってるのかな」 「そいつの捉え方によるんじゃない?」 『敵わない』じゃなくて、『同じじゃない』よね。正確には。 急に不安そうになった親友へ、あたしは意識して軽い声をかける。 「なあに。そいつ、そんなに卑屈だったの?」 スウはさっと顔に影を落として、俯いた。 「卑屈、なのかな。私には諦めてるように見えたけど。デュノはレゼに任せっきりところがあったから」 「スウは」 さっとホットケーキのお皿を差し出して、あたしは上目遣いで相手を見上げる。 「スウはめちゃくちゃ料理が下手よね。で、あたしは上手」 「うん」 「羨ましいと思う?」 「うん」 「自分なんてダメだなーって思う?」 「何でこんなに下手なのかなぁとは思うね」 「だから、料理に関してはあたしに任せてる」 「うん」 「そういうことなんじゃないの?」 「へ?」 きょとんと、差し出されたお皿を受け取るスウ。 もう、察しが悪いんだから。 「その弟クンもそういうことじゃお兄ちゃんには敵わないから、差し出がましいマネは最初っからしないようにしてるんじゃないのってコト」 「……かなぁ」 「だといいわね」 あたしは自分のお皿をもって、スタスタとテーブルへ向かった。スウはぽつんと置いてきぼりを食らってる。 勝手にテーブルについて、あたしはパンと手を合わせた。 「ま、直接知りもしないあたしが言ってもしょうがないけど」 知らないっていうか、知りたくもないんだけど。スウは絶対そうは受け取らないんだろうな、と思ったら、本当にそうだった。 正面の席に座りながら、スウが戸惑い気味に口を開く。 「デュノは簡単に言うと……学年に一人はいそうな……ええと、授業に来ないタイプかな」 奥歯でガムでも噛んでるんじゃないかって勢いで、カッミカミの答えだった。 眉をひそめて、あたしがくいっと首を傾げる。 「不良なの?」 「そうじゃなくて……保健室に」 「あー……」 一単語で説明がつく人間性って、すごいわね。 「じゃあ、さっきの仮説、間違ってたかも」 <結論> そんな兄弟は、いらん。 END |
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