総葉少年の日和見地点 そうだ、先物取引しよう。 どこぞの鉄道のCMのノリで思いつき、俺は勢いよく立ち上がった。 話しかけてきたクラスメイトを愛想良くかわし、ざわつく教室からエスケープ。 上から押し寄せる下校の波に逆らって、階段を駆け上がる。 天気は快晴。 屋上の扉を開けた先には、暖かい空気が充満していた。その中をスズメが数羽、仲良く遊び回っている。 俺はよく、一人で賭けをする。 もちろん構ってくれる相手がいないからとか、そんな淋しい理由でじゃあない。相手がいると損益関係がでてくるからさ。自分一人の腹の中でやってれば、勝とうが負けようが関係ない。気持ち一つに収まってくれるんだから。 俺は屋上のフェンスに近寄ると、鞄からノートを取り出す。一枚破って、鼻歌を歌いながらカミヒコウキを折った。はたから見れば、さぞやご機嫌なバカだろう。 で、本日の賭けは『何にするか』。 先物取引の対象物件。幅広いジャンルがある中の、最初の一つを決めるんだ。 カミヒコウキがぶち当たった物に、さ。 土でも石でもコンクリートでも、何でもいい。 そんな適当に決めていいのかって? かまわない。 どんな不利なジャンルだろうと、そこで勝ち上がるのが俺流だからさ。 らんらら〜ん 鼻歌絶好調でカミヒコウキを飛ばそうとしたとき。 視界の端で、なんか派手な色のモサッとした物が動いた。 首を左方へ90度、緊急回転。 だだっ広い屋上の端っこで、茶髪のニィちゃんが寝転がっていた。 「ちょっ、なにしてんのコトリちゃん!」 クラスメイトにして後ろの席の、佐高 小時が寝てた。ちょ、おま、昼休みからいないと思ってたら、こんなトコでお昼寝かましてたのかよ! コトリちゃんは俺の付けたアダ名を地味に嫌がる、繊細な心の持ち主……にして、たまーに漢前な面が見え隠れする日本男児だ。男じゃなくて漢な。ココ要注意。 なにしろ、カトリック系のギムナジウムにでも通ってそうな繊細な見た目と裏腹に、物言いが武士でござるんだよ。もしくは軍人、亭主関白。基本的に喋んないから、時々なんだけどさ。俺の高すぎるコミュニケーション能力で何とかカバーしても、まだまだ計り知れないところがある。 その外見は金髪に近い茶髪の髪に、色素の薄い瞳、彫りの深い顔立ちと、どう見ても日本人じゃねぇ。本人曰くクウォーターらしいが、4分の1どころじゃなく8分の5チップ……もとい、半分以上がアチラ製なんじゃないかと思えるぐらいだ。 しかもナチュラルに不良なのに、近所の猫に懐かれてるし。や、無言でガン飛ばし合ってるだけなんだけどさ。あ、コイツ意外と良いメンチしてるんだよ。目が合えば、だけど。 なーんてつらつら考えてるうちに、コトリちゃんが目を覚ました。 髪と同じ淡い色のまつ毛がバサッて動くと、感情のカの字もない能面顔の出来上がり。仮にも元の作りは良いんだから、もうちょっと愛想良くすりゃいいのに。時代はタカビーよりも二枚目半を求めているんですよ? コトリちゃんは寝転がったまま、ぼーっと視線があらぬところを追いかけている。ぶっちゃけちょっと怖いんだけど、多分まだ寝ぼけてるんだろう。 「よっ、不良」 俺はカミヒコウキを振ってゴアイサツ。 コトリちゃんはそのカミヒコウキをじーっと目で追う。 「なにしてる」 ぼそっと低い声で話しかけられて、ちょっぴりびびる。ちょ、今この人喋った! しかも俺のこと聞いた! 普段は2割の確率で返事が来るかどうかなのに! ちょっと感動してもいいですかお母さん。 内心の一人祭りは押し隠して、俺はさらっとつれない態度で返してやる。ふふん、日頃のお返しです。 「や、コレ飛ばそうと思って」 「無理だろ」 ナゼ断言。そんなに俺の折り方ヤバかったっすか!? 「こっから落とすだけだし! いいじゃん!」 ムキになって噛み付くと、コトリちゃんは黙った。ならばやってみるがいいと言われた気がして、俺は勢いカミヒコウキを投げ落とす。 はずだった。 「うおっ」 突然下から吹いてきた風にあおられて、カミヒコウキが遥か上空へ舞い上がった。くるんくるんと旋回しつつ、ゆっくりゆっくり降りてきて……。 ゴスッ!! コトリちゃんの頭に、刺さった。 いや、刺さったっていうかぶち当たったっていうか。ゴスッていったもんゴスッて! しかもコトリちゃん、今右ストレート食らったみたいに吹っ飛びませんでしたか。いくら勢いが付いてたからって、カミヒコウキの質量でそれはないだろう。でも倒れて……え、死んだ? 「あ、あはははははは……だいじょーぶ?」 殺人犯になったらどうしよう。凶器がカミヒコウキとか、どこのエンターテイメント小説だよ。推理する必要すらねぇよ。 揺すっても叩いてもコトリちゃんは起きない。 うあどうしよコレもしかして……ね・て・る? 「おきろーーー!! ビビるわーーー!!!」 俺のツッコミチョップが炸裂した瞬間、コトリちゃんがパチッと目を覚ました。ガンつけんな。 「あんのハゲ……」 と、ぼそり。 「……二度までも」 ガクリ。 うわ言のように呟いて、コトリちゃんが寝直した。 寝ぼけてるって分かってても、なんつーか、さあ。 「俺はハゲてねぇー!!」 とりあえず絶叫してみた。 その後、用務員のオッサンに見つかって、目が覚めたコトリちゃんと一緒に延々正座で説教を聞くハメになって、あの時ヤツが何の夢を見ていたのかは聞けず仕舞いになった。 帰り道、ふと何のためにカミヒコウキを折ったのか思い出し、俺は一人で苦笑する。 まあ、面白そうな物件だ。 この良くわからない友人づきあいも、可能な限り続けてみようと思う。 END |
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