総葉少年の憂鬱事情 「お前が総葉を継げ」 スカッと晴れた日曜の午後だった。 忙しいはずの親父が、珍しく俺を呼び出したと思ったら。いきなり後継ぎ命令ですか。 「……なんかさぁ……」 俺は欠伸を噛み殺し、もとい、やる気のなさそうなカオで二の句を告げる。俺がこの家でタメ口をきけるのは、なぜだか齢五十六の家長だけだ。 「その台詞、六回目にもなると、貫禄出てくるねぇ……」 とりあえず、三段跳びで現実から逃げることにした。 俺の名前は総葉 歴。 驚くなかれ、総葉科学っていう大企業の御曹司なんだぜ。親の脛齧ってるだけならまだしも、親の経営する学校の中等部に通ってる十四歳。二年生。 兄三人、姉二人の六人兄弟で、末っ子。普通これだけ兄姉がいれば、跡継ぎ問題で骨肉の争いぐらい起こしてもいいくらいなのに、うちでは全くありえない。 誰の遺伝かって言えば、目の前で和服着込んでるエラッソーなオヤジなんだけど、うちの家系は頭が良い。どのくらい良いかっていうと、偉大なる長兄なんざ十五で某大国の某有名大学出て、博士号とか持ってるくらいだ。ま、あの人は別格だけど。 他にも医者の次兄やら、雅なお国の名前が付く大学の理工学部ホープの三兄やら、そのへんの平社員に継がせるよりは有力候補がいっぱいいた。 で、なんでそんな兄貴らが跡継ぎ命令をパスってるかっていうと、これ、超簡単。 あの会社って黒いんだよね。裏が。 他企業ハメて潰したり、金で政治家動かしたりとかいう、“あくどい”レベルじゃなくて、完璧“違法”。むしろ“非倫理的”。人間として、これはやっちゃいけませんってラインを軽々超えてんの。それはもうアクロバティックに。 人権を完全に無視した生体実験とか、国やテロリスト相手に軍事化学兵器売ってたりとか、情報・金融操作とか。……まあ、イロイロ。詳しくは言わないけどさ。 そんなもん譲っていただいても困るわ。切実に。 っていうのが俺たち兄弟の本音でして。 だから皆それぞれ後を継がなくて良いような仕事に就いちゃってさ。研究員とか医者とか永久就職とか。結婚ってのはどうにかなりそうだけど、ようは親父が許可すればいいらしい。さっすが家長。 なーんて、そんな甘いはずがない。 実は皆、隠れて親父の出す条件をクリアしてるんだ。国家試験一発合格とか、就職先は絶対にウチの会社の系列会社とか、親父の決めた相手と結婚しなきゃとか。だからこそ晴れて自由の身になってるってわけ。 その結果、繰り下がって繰り下がって、ついに6番目の俺まで到達したと。 年下ってこういうとき不利だよなーとか考えつつ、正座で茶をすする。外では獅子脅しがカポーンとか鳴ってたり。ちくしょう、この家、見た目は洋風のくせに、なんでここだけ和風なんだ。足痺れてきたじゃねぇか。てかさー、畳のイ草が真新しいんだよ。臭い。部屋の飾りも明らかに洗練されてねぇし。これだから成金は趣味悪――。 「10億だ」 「は?」 いつのまにか本格的に逃避していた俺を、親父の一言が引き戻す。見れば親父が分厚い茶封筒を差し出してるじゃないか。思わず受け取る俺って庶民派? 「大学を出るまでの8年間で、その金を10億にしてみろ。そうすればお前の自立を認めてやる」 言いたいことだけ言って、なんの気負いもなく障子の向こうに消える親父。背中を向けてたくせにニヤリと笑ってたのが分かる。いい歳してニヤリとかすんな、極悪人。 俺は少々呆けながらも、「意外とメジャーな条件だったなぁ」と、うきうきしながら呟いていたんだけれども。 茶封筒を開けてみて、血の気が引いた。 だって、信じられるか? あれだけ分厚い茶封筒の中身が、ご丁寧にも封筒サイズの六法全書の一巻で、金はたったの一万。モトガネが一万ってアンタ! 「お……親父……! い、一万って! せめて百万からがボーダーじゃ!?」 俺は愕然と茶封筒を握り締め、そしてその裏に、 『悪事成すならまず法を知れ』 とか書いてあって、かなりへこんだ。 どんな手を使わせる気っすか、おとーさーん!! ……とか言ってた親父が、死んだ。 なんか、心臓の病気で。医者の次兄が説明してたけど、全部忘れた。 いつも分かり易く話す兄貴が変に小難しい話し方したせいかも。家族相手に緊張でもしてたのか、青ざめた次兄がちょっと意外で。もっと簡単に教えてくれればいいのにって思ってた。 だって、あんま実感なかったし。 あの人が、今、こんな形でいなくなる。……なんて思いつけるヤツは、バカだ。 たった一人の親で、大企業の総元締め。その実、世間様を騒がしてる、ありとあらゆる諸悪の根源で。 それなのに、こんなあっさり死ぬなんて。 姉さん達ももぽかんとしててさ。いつも余裕かましてる、美形の三兄だって引きつってたし。 親父の死をまともに受け止めてたのは、淡々と喋ってる次兄と、ひたすら黙って聞いてた長兄だけだった。 今不思議に思うのは、誰も取り乱したり、泣き出したりしなかったってことだ。 俺なんか最初ドッキリだと思ってたもんな。あーもー、そんな冗談、間に受けるわけないじゃん? ってさ。一言次兄が嘘だって言ったら、その場で鉄拳制裁加えるつもりだったし。いや、実際できないんすけど。 でも、葬式が終わって親父が小さな箱に納まっても、オチはない。 なのに誰も何も言わない。淡々と事務的に動いている。皆、もうとっくに現実と向き合ってるのに、どうして悲しまないんだろう。 畜生。 俺達はまだ、信じられないんだ。 それから一週間は、結構ゴタゴタしてた。 親父の遺言は開けてびっくりで、物凄くあの人らしい内容だった。 とっくに課題をクリアしたと思ってた二人目の姉貴が、見事策略にハマって跡取り決定。一件落着。 なんでも、次姉も俺と一緒で『お金増殖令』だったらしいんだけど、これがムカつくことに一千万だぜ? たったの! しかも資金百万からだし。ったく、娘には甘いんだからさー。 それで、ですね。どんな策略かと言いますと、これ単純。 借金の未返済だって。 親父が次姉に渡した百万円。あれ、譲渡じゃなくて貸付だったらしくてさ。もちろん利子はないんだけど、設定金額の一千万プラス、百万が必要だったそうな。 当然次姉は一言も聞いてなかったし、親父も教えてなかったらしい。 詐欺だと大騒ぎする姉貴の隣で、俺が胸をなでおろしたのは言うまでもない。 これで、俺の試験はチャラ。これからウン年分の学生生活を気楽に過ごせるってわけだ。 安心した。 兄姉の中で、唯一俺だけが試験を終えていなかった。言い渡された二週間後に親父は倒れて、逝ってしまったから。 俺だけが、親父に認めてもらえないまま。 葬式が終わって久々に学校に来たら、席がなかった。 いや、なくなったんじゃない。取られてた。 「なにお前。そこ、俺の席なんだけど」 俺の席を我が物顔で陣取って、ぼんやりと外を眺めている相手。緩慢な動きで俺を見やり、無言で窓の外に視線を戻した。完全に無視してくれやがる。 怪訝な視線で見てみたところ、やっこさん、肌が白人みたいに白い。髪も茶色を通り越して飴色だ。顔立ちもどことなくバタ臭くて、明らかに欧米人が混ざってる。 見たことのない野郎だった。 「おいこら無視すんなっ。俺に用なら、んなとこにいないでなんか言えっつーの!」 ガラにもなく声を荒げると、そいつは表情を動かさずに立ち上がり、上から俺を見下ろした。べつに偉ぶってるんじゃなくて、単純に身長差からだ。身長一五九の俺に対して、ヤツは一七〇以上はある。ちくしょう、なんか悔しい。 相手はたっぷり十秒の空白を無駄遣いしたあと、やっと口を開く。 「どいて欲しいならどいてやる。……少し黙れ」 愛想のない言い回しに加えて、心底迷惑そうな命令形。あからさまに俺がうるさいとでも言いたい態度。 ……俺は正当な権利を主張したまでなんすけど。 脳味噌がぐらりと煮立たつ。 「なんだって?」 硬くなった声色に混じる攻撃の気配。 それを敏感に感じ取ったのか、立ち去ろうとしていた相手は、すっと視線をこちらへ向ける。 「…………」 それでも無言。ぴくりとも動かない表情がちょっと怖い。 俺はできる限り厳つい表情で睨みつけてやった。このスカした野郎、そんなに俺と口を利くのが嫌なのか? 一瞬だった。 相手が能面みたいな顔のまま、素早い動きで俺の胸倉を掴んだ。 指が服を絡め取ると同時にきつく握られ、首が絞まる。同時にカクンと引き上げられて、息ができるギリギリのラインで留まった。 手馴れてる。コイツ、場数踏んでるな。っていうか、無表情のくせに沸点低! 「なんだよ」 溜めてある息を利用して、俺も負けじと睨み上げる。 親父がいなくなったとはいえ、この学校で俺に手を上げたヤツは、明日あたりに席ごと抹消されているはずだ。普段ならそうならないように気を使ってやるが、今日は機嫌が悪い。一発殴られてやろうかと、黒い考えがまとわり付いた。 始めと同じ唐突さで、手が離れる。 いぶかしげに見上げる俺に、野郎、マネキンみたいな顔をしてやがる。 そこへちょうど、担任が机と椅子を抱えて入ってきた。 「おう、総葉、久しぶりだな。ん? どうしたんだ、顔、変だぞ」 「コイツが俺の席勝手に使ってて、わけわかんないんすけど」 担任は困りきった顔の俺を見て、突然爆笑。 笑ったついでに、抱えたままの机から椅子が滑って落っこちる。危うく俺の足に落ちるところだった。小指の骨が折れたらどうしてくれるんすか。 「あはははは、悪いな総葉。いきなり転校生が来たから、お前の席を貸してたんだ」 豪快に笑う担任。悪気なんてこれっぽっちもないんだろうけど、こうもあからさまに笑われると、むかつく。 「へーあーそー。それはどーもすんませんでした。てっきり新手の嫌がらせかと」 俺は担任と目を合わさないで、机の上に鞄を置く。 その隣の空いた空間に、担任が椅子を置いた。 わ、最悪。コイツとお隣さん? 嫌そうな顔で見遣ると、タイミングを読んだみたいに、転校生がさっと自分の席へ向かった。最後に一瞬目が合ったけど、完璧な無表情だ。整った顔だから余計そう見えるのかもしれないが。 ……気にいらねぇ。 その日は一日、隣でちらつく飴色の髪が、うざったくてしょうがなかった。 帰り道、っつっても、俺の家は学校の真隣だからたいした距離じゃない。ただ、校門から家の門に辿り着くのと、そこから邸宅へ入るまでが長いだけで。 そのちょっとした距離を歩くのが、嫌になった。 校門を出てすぐの場所で立ち止まる。 ポケットからくしゃくしゃになった万札を取り出した。 ただの紙。 そう思って、手のひらを握り締める。 シワの付いた万札は、あっさりと潰れた。 ゲーセン耐久四時間。ぶっ続けでリモコンをいじる俺。 右、左、下、右、下、下。 コマンドを入力していても、格ゲーってわけじゃない。ついでに言うと、最近流行りの音ゲーでもない。 落ちゲーの古参、テトリスだ。 延々と変な形のブロックを積み上げて消していくという、単純だが判断力を問われるシステムだ。単純なようでいて、一瞬のミスで緻密な計算がパアにもなる、恐ろしくも奥深いゲーム。 俺くらいのレベルになると、直滑降で何にも考えずに落としているように見えるらしい。暇そーなカップルが後ろで張り付くように見てる。どうでもいいけど、公衆の面前でイチャつくのは勘弁してね。 ちなみに、さっきまでやってたのは同じく落ちゲーで連鎖が楽しいあのゲーム。ぷよっとした丸い物体を積み重ねるヤツだ。 無心でやっているうちに、前回一位と桁違いな得点でクリアした。それでも飽きずに自己新狙いでチャレンジしていると、周りに人が寄ってくる。いやいや皆さん、俺なんか相手にしてないで、そこでダンスゲーやってる彼を見てあげなヨ。頑張ってるヨ? 俺はゲーセンの片隅でジミーに落ちゲーってたに過ぎないが、ちょっとやり過ぎたのか、向こうの方で店員が嫌な顔をしている。そろそろ切り上げるかな。 これで終わろうと思っていた矢先、人垣の間から聞こえた囁きが手元を狂わせた。 「あいつ、S.S.社の……」 S.S.社ってのは、総葉科学の略称だ。ソウバ・サイエンスってこと。この街の八割の住民がうちの会社とか関わりがあるらしいから、顔を知られていてもおかしくない。 俺は、ボタン操作を放棄した。 積もっていくブロック。かなりのレベルまでやったから、ポンポン落ちていく。 あっさりとゲームオーバー。 ハデハデしい画面を見るやいなや、席を立つ。ポケットに手を突っ込んで、人ごみを突っ切る。指先に触れる小銭の感触。 「スンマッセーン」 軽い調子で笑顔を浮かべ、人の壁をくぐり抜ける。 その先で意外な人物を見つけた。 「あれ、おま、転校生?」 驚いた顔をしたのは俺だけで、バタ臭い転校生はやっぱり無表情。わずかに片眉が上がっただけでもびっくりだ。 ヤツも俺と同じく、制服のままゲーセンで時間を潰していた。けど、俺のように無駄金を消費してたわけじゃなく、ただふらふらと見て回っているだけらしい。 何してんだ、コイツ。 ガチャガチャピコピコとまとまりのない音をBGMに、俺は最後の小銭を自販機へ投入する。 「どれ?」 と聞くと、俺のおごりにもかかわらず、自分でボタンを押しやがる。……いい度胸だ、転校生。 ヤツが選んだのは何の変哲もない緑茶。つまんねぇやつ。 まあ、この日本人離れした顔であったかい緑茶、それも筆文字で『茶』とか缶に入ってるのを啜られると、すんげぇ違和感があるんだけれども。 俺は自分のお汁粉ラテを飲みつつ、休憩所のベンチに深く腰掛けた。まずい。 転校生こと佐高小時は正面の壁にもたれて、表情筋の薄そうな顔を向けてくる。どうでもいいけど、お前将来、顔垂れるぞ。 「お前、S.S.の御曹司だったんだな」 呟きにも感情が篭ってない。何を考えてるのか分からない。不気味なヤツだ。 「そ」 俺はあえてあっさり答えて、お汁粉ラテを飲み干した。まずいもんは一気飲みに限る。 無理して飲んだ空き缶を捨てて、もう一度ベンチに戻った。 その間、全て無言。 転校生はやっぱり色素の薄そうな目で俺を追っている。なのに無言。それはもう無言。 レーダーにでもなってんじゃねぇかと思うほど、はっきりと視線が感じられて、俺は居場所に困る。この居心地の悪さはあれだ、盛り下がっちゃった合コンくらい。や、行ったことないけどさ。俺中坊だし。 そろそろ俺の精神がやばいと何か切り出そうとしたとき、転校生がゆったりとした口調で問いかけた。 「こんなとこで遊んでて、いいのか」 語尾下がりの確認形。てか何このテンポ。遅! 遅くない!? しかもなんで説得風味。お前、俺の親父か何かですか。むしろ少年課の刑事さん? 俺は思ったままを口にしようとしたが、ふと、コイツも連日ニュースで垂れ流されている、親父の訃報を知っているんだと思い至る。 「……いいんだよ」 勝手に声がワントーン下がった。 本当だったら、俺は今頃死に物狂いで親父の課題をこなしてたんだろう。学校なんぞ行かず、投資やそれのための情報収集、人脈確保に明け暮れていた。あの、一万で。 「もう金も全部使っちゃったしさ。今更、遅いって」 親父は死んだ。会社は次姉が引き継いだ。当分はゴタつくだろうが、俺はその範囲から外れている。このまま素直に中学出て、高校行って、大学、就職。全て円満。 最後まで残っていたしがらみも、今さっき消えた。空になった財布が、こんなにもと思うくらい軽い。俺を縛るものは何もない。 俺は、自由だ。 無意識に、きつく奥歯を噛む。 なのに、どうして。 その結果感じるのは、途方もない虚無感ばかり。何をしても満たされず、集中できない。イライラする。どうして何も埋まらない? 二度と、親父は俺を見ない。それは世界の真理。どうやったって抗えない。 俺は認められないまま、投げ出されたんだ。 いいかげん、信じろよ。お前は騙されてなんかいない。 「とんだバカだな、お前」 突然投げつけられた、呆れを含んだ暴言に、俺はぽかんと転校生を見る。 ヤツは溜息をついて、ポケットをまさぐると円形の薄っぺらい金属を放り投げてきた。 慌ててキャッチする。 「何だ、これ」 「貸してやる。電話代くらいにはなるだろ。家に電話して迎えに来てもらえ、文無し」 淡々と告げてくる言葉はかなりの誤解。俺がゲーセンで遊びほうけてスッテレテンになったと思ってやがる。まるでどこぞの競馬場のオッサンみたいに。 や。俺、財布もあるし、カードも持ってるから。中学生らしくテレカもですが、無駄にキラキラしたカード、持ってますから。 握り締めた手を開く。 大きめの硬貨。 五百円玉。 「……おま、なんつーことを……」 笑ったつもりが、掠れて声にならなかった。 諦めてやろうとした。全部捨てようとした。親父の死を言い訳にして、裸足で逃げ出そうとした。そして。 その先に残った空っぽの世界に、ただ立ちすくむしかなかった。 だけど、こんな形で足枷が戻ってきた。 顔を覆ってくくくと笑った振りをする俺に、転校生は無表情を仏頂面にする。さぞ気持ち悪がっていることだろう。 「ったく、さっさと返せよ」 「なあ、佐高、ええと」 「小時」 「そうそう、コトリちゃん」 俺は自分の暗記用として、勝手にあだ名を付ける癖がある。たとえば担任のオッサンは斉藤だからサッチー。クラス一の眼鏡ヤロウ、山田健吾はビン吾クン。 いきなりあだ名を付けられて、ヤツは面食らったように渋面を浮かべる。表情の乏しいコイツにしたら、最大限の否定的努力とみた。 その反応が面白いんで、決定。 「コトリちゃん、ちょっと俺の未来にワンコイン投資してみない?」 「……はあ?」 ヤツは意味が分からないと、わずかに眉をひそめる。ふむ、こうして見ると、それほど表情がないわけでもないらしい。 俺はへらへらと笑いながら、五百円玉を光にかざした。安っぽいゲーセンのライトを反射して、色とりどりにきらめく。 全部捨てても、むなしさは消えちゃくれなかった。 なら、こうするしかないだろ? 手をきつく握り締める。 硬い五百円玉。 今度は捨てれば音が鳴る。燃やすことすらできない、始まりの枷。 「これ、しばらく借りるな」 パクるわけじゃない。でも、いつ返すかは分からない。その時が本当に来るのかも。 もう、決して認められることはない。 だったら、親父を越えてしまえばいい。 END |
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