終章 幸せのウエディングケーキ その日は快晴で、天気までもが二人を祝福しているかのようだった。先の事件のせいで延期された結婚式では、石膏のような白いセメントで再建された教会に、花びらとライスシャワーが撒かれ、二人の元へと降り注いでいる。 「おめでとう、お兄ちゃん、ティアナさん!」 「ありがとう、アルマちゃん」 清楚な白いウエディングドレスに包まれたティアナは、まるで絵画から抜け出した妖精のように美しかった。 「本当にこの日を迎えられて良かったよ、買ったスーツも何とか入ったし」 隣に並んだエルクも、ティアの厳しい食事制限の甲斐あって、少しぽっちゃりとはしているがなかなかの男前だ。アルマのひいき目で見ずともお似合いの二人だった。 街中が大崩壊するという惨事に見舞われながら、ドルチェブルグは瞬く間に再建された。ヴィルとテオが呼んだ錬金術師教会の錬金術師たちが街の復興に協力してくれたおかげだ。独自の技術を持つ彼らはスポンジ製だった家々を木と煉瓦で作り直し、パイ生地の路面をタールで塗りこめ、クッキーの石畳を本物の石で畳み直した。日に日に街がつくりかえられていく様子は、アルマたちにとって魔法のように見えた。 なにより、崩壊によって怪我人は多少出たが、死者は一人もいなかったのが、不幸中の幸いだった。倒壊した家屋といっても、しょせんは軽く柔らかなお菓子なので、圧死する人はいなかったのだ。 壇上で微笑む二人の前には、三段重ねの巨大なウエディングケーキがある。生クリームと苺のクリームを使った二色のデコレーションに、苺のスライスがぐるりと飾られ、頂上には飴細工の花のブーケと一緒に、本物の花びらが散らしてあった。さらにその周りを透明な飴細工の帯が立ちのぼるように巻かれ、まるで水が駆け上っているかのように演出されている。 二人が一緒になってケーキにナイフを入れるのを、アルマはにこにこと見つめていた。 一刀入れると、新郎新婦は切り分ける作業をアルマへ渡した。アルマは慎重ながらも優雅にそれを切り分け、小皿へ乗せる。 「お願いします。師匠、店長」 「もちろんよ」 「まかせて」 隣にはフリーダとリアがいて、木イチゴとカスタードの二色のソースで小皿に美しい花の文様を描いていく。 最後にティアナの大好物のシガレットクッキーを添え、客人たちに振る舞われた。 楽しげにケーキをほう張る客人たちを眺め、リアが腰に手を当てて一息ついた。 「まあまあの出来映えだったわね。デコレーションのセンスは磨けばもっと良くなるわ」 「味のほうはばっちりよ、アルマちゃん」 フリーダがフォークに苺を刺したまま微笑む。あれから、アイヒマンの社長の証言によって解放された彼女は、何事もなかったかのように工房へ戻り、ケーキ作りにいそしんだ。アルマのウエディングケーキにもアドバイスをくれ、今日もおっとりと微笑んでいる。 「ありがとうございます、師匠。もっともっと精進しますね」 微笑み返してアルマもケーキを口へ運ぶ。 苺風味の生クリームが舌先でとろける。会心の出来のスポンジは優しい蜂蜜の甘さが広がり、はかなく消えていった。 それからふと、返事のなかった招待状のことを思い出し、視線をさまよわせた。 求めた黒髪の少年の姿はなく、代わりに教会の入り口の木柵に差し込まれた封筒を見つけた。 近づいてその差出人名を見たとき、アルマは即座に駆けだしていた。 道路まであふれる客人たちを押しのけ、タールで再建された大通りを素早く見渡す。 そしてその黒髪の少年を見つけた。 「ヴィー! ヴィル!」 相手は黒い外套をひるがえして振り返り、驚いた様子で立ち止まった。その手には少々大きすぎる鞄がある。 「……アルマ、気づいたのか」 「来てくれたなら、顔を出してくれればよかったのに」 「祝いの場にテロリストを呼ぶなよ」 「そんなの関係ない。お兄ちゃんたちも喜ぶよ」 「かもしれないが……」 口ごもるヴィルを制して、アルマは早口で話しかけた。 「あなたの料理、今とっても参考になってるんだけど、また遊びに行ってもいい?」 アイヒマン社の砂糖の有害性が証明された今、ドルチェブルグでは空前のダイエットブームが起こっていた。ヴィルたちが広めた料理が大人気で、外国からも不思議な料理や食材がどんどんと輸入されている。ルーメンでもアルマの提案したキッシュを置いていて、とても好評だ。 しかしヴィルはあまり動かない表情を陰らせた。 「悪い、それは無理だ」 そう言って自分の鞄を見下ろす。大きな手下げ鞄にはいっぱいに物が入っている。その様子が旅支度に似ていることに気づき、アルマは首をかしげた。 「どこか、旅行にでも行くの?」 「この町もほとんど復興したからな。おれたちの役目は終わった」 ヴィルは辺りを見渡す。彼らの錬金術で再建された町並みは整然と整い、以前のように甘い香りを漂わすことはなくなっていた。 ヴィルの言葉に含まれた別れの気配に、アルマは我知らず焦った。 「帰るの? 故郷に?」 「いや、あそこはもう充分再建されているから――」 「じゃあどこに行くの?」 「さあ。まだ瀕死の危機にある土地がたくさんあるからな」 そう言ってヴィルはどこか優しげに微笑んだ。 アルマは呆然と呟く。 「……みんなを、助けにいくんだ……」 自然と下を向くアルマへ、ヴィルは肩をすくめてこたえた。 「仕方ないさ、性分だから」 その声がかつて聞いた少年のものと重なり、アルマは小さく微笑んだ。 「また会える?」 「世界全部を復興したら、だな。待ってろよ、君が思うよりずっと早く済ませてみせる」 「なにしろ、オレらは天才錬金術師だからな!」 通りの向こうからテオの声が届いた。いつからいたのか、同じく旅支度をした彼が手を振っている。 「そっか……」とアルマは俯いて、それから顔を上げた。 「それまでにわたし、一人前の練甘術師になるからね。びっくりするぐらいおいしいケーキを食べさせてあげる!」 「ああ、期待してる」 苦笑してヴィルはテオを追いかけていった。 それを見送るアルマはしばらく手を振っていたが、ふ、とその手を止めた。 (約束するよ。いつか絶対、この世界で一番おいしいお菓子を食べさせてあげる!) ぐっと熱く拳を握りしめたとき。 背中をどん、と叩かれた。 「し、師匠!」 あわてて振りむけば、にっこりと笑うフリーダがいた。 「ヴィルくんたちも来てたのね。せっかくなんだから、ウエディングケーキを食べていけば良かったのに」 おっとりと微笑むフリーダの横顔を見て、アルマは胸元を握りしめた。 師匠へ向き直り、真摯に宣言する。 「師匠……わたし、もっともっとお菓子作りがんばります!」 「あら、どうしたの? 急に。――なら、明日からスパルタにしなきゃね」 「はい!」 満面の笑みでこたえ、アルマはもう一度彼らへ大きく手を振った。 〈了〉 |
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