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  クリスマス番外SS
   時間軸は第一部の森から出た後〜宵祭りの前までのどこかです。
   第一部八章ぐらいまでと番外編『いいよ。』を既読推奨。





「……くりす、ます?」
絡ませた指先を弄びながら、少年が深い紺色の瞳を不思議そうにきらめかせた。小首を傾げて見上げる仕草が小鳥のよう。
 スウは日にちを数える手を止めて、少年へ微笑む。思わず零れた呟きを、手を繋いでいたために拾ってしまったらしい。
 ――そう。もうそろそろだと思うんだ。クリスマスっていうのはね、サンタクロースっていうおじさんがプレゼントをくれる日なんだよ。
「へぇー、贈り物かあ。スウの世界には親切な人がいるんだね」
 言葉のままに意味を受け取った少年へ、スウは微笑みを浮かべた。
 もちろんサンタクロースは架空の存在で、本当にプレゼントをくれるのは両親や恋人、友達などだ。見知らぬ他人へプレゼントを送る奇特な人間なんて、滅多にいない。でも、素直にそう思える心を美しいと思う。
 ――デュノは何か欲しいもの、ある?
 聞きながら、スウは自分に何が準備できるだろうと考える。
 レゼにお願いすれば大抵ものは手に入るだろう。けれどデュノを介さずにレゼへ言葉を伝えることは難しい。スウは声が出ないだけでなく、この国の文字も分からないのだ。手紙も書けない。
「んー、僕は別に。スウは何が欲しいの?」
 予想外に、問いかけは問いかけで返された。
 ――私はもう貰えないよ。サンタさんは子供のところにしかこないから。
「スウっていくつなの?」
 ――17歳だよ。
「じゃあまだ子供でしょう? 大人になるのは18歳からだもの」
 ――そうなの? 私のところでは20歳からだったけど……。でも、サンタさんは小さな子じゃないとプレゼントをくれないんだよ。
 それを聞いて、デュノが突然ふてくされた。あんなに真っ直ぐ見つめていた目を逸らして俯く。
「じゃあ、僕だってダメじゃないか」
 ――そんなことないよ。デュノなら大丈夫。
 スウはにこっと微笑みかけて、ご機嫌をとる。
 この少年は子ども扱いされることが大嫌いだ。離れた場所で国のために頑張っている兄に引けを取らぬよう、ちょっとでも背伸びをしたがる。そこがまた可愛らしいとスウは思う。
「スウまでそんなこと言って。いらないよ。ただでさえ僕、毎日要らないものをたくさん押し付けられてるんだから」
 司祭の立場ゆえ、デュノは熱心な信者たちから貢物を捧げられる。彼の特殊な立場もあるのだろう。ほとんど現人神のように敬われ、彼そのものを拝んでいく人も多い。その視線には常に感謝と憐憫が付きまとうため、デュノは信者と顔を合わせることを嫌がる。
「僕、贈り物って好きじゃない。こっちは少しも欲しいなんて思ってないのに、勝手に押し付けてくるんだもの。『お礼だ』とか言われても、そんなことをされる覚えはちっともないのに」
 ちらりと、二人の視線が山のように貢物を積み上げられた机の上へ向かう。
 彼の貰う贈り物は欲しくもない物ばかりだ。
 『あなたの魔力のおかげで我々はこんなに便利な生活が出来ています、ありがとう』
 そう言って渡される、贖罪の品。
 それらが積り積って机の上と心を埋めていくのが少年には不快なのだろう。
 ならば、きちんと彼の欲しいものを聞いて、それを与えてあげたなら。
 ――デュノが欲しかったものでも、ダメなのかな。
 灰色の前髪に隠れた幼い顔を、スウがそっと覗きこんだとき。
「欲しいものなんて、ないよ」
 少年が更に顔を背けた。
「あればとっくに持ってるはずだもの。一言伝えれば、誰かが持ってくる」
 さすが、王族。
 妙にはっきりと言いきられた切り返しに、スウは思わず言葉を失う。
 今は神殿へ預けられているとはいえ、少年も立派な王族なのだ。権力と財力に糸目などないのだろう。
 自分の常識を軽く飛び越えた概念に眩暈を覚えた。これだとスウが用意できるような物では満足してくれそうもない。
「僕よりもスウの方が、欲しいもの、あるでしょう?」
 躊躇いがちに問いかけなおされて、スウは首を傾げる。
 ――ない、よ?
 森にいた頃と違って、今は必要な物なら与えられていた。居、食、住、そして左手を包む柔らかな温もり。それだけあれば十分だった。もちろん、少年以外の人々と言葉を交わせないのは残念だが……。
「僕は君が、君の声があればいい」
 強い声で言い切られて、スウが目を見張る。
「でも、それを本当に欲しがってるのは君だから。だから、僕が与えてあげたいのに……」
 不意に両頬へ手を伸ばされた。傷つけるのを恐れるかのように、そうっと触れる繊細な指先。
 ――デュノ……?
 彼女が不思議そうに瞬きを繰り返す。
 近づいた少年の瞳は、悲痛に揺らいで今にも泣き出しそうだった。黒と青の不思議な光彩が月光に冴え渡る夜空に似ている。
 触れられたのと同様、気付かないぐらい優しく指が頬を離れ、少年が身を引く。
「僕は無力だ」
 重く落ちる呟き。
 離れ行くその手を掴んだ。
 ――私にはデュノが居るよ。
 ぎゅっと、力を込めて握り締める。
 ――君が居れば、私の声はこんなに――
 いいかけて、ふと窓の外の人影に気付いた。思わず笑みが浮かぶ。

 ――よく届く。

 面白げにこちらを眺めているのは、少年に良く似た灰色の髪をした青年と、困ったような優しい微笑みを浮かべた背の高い男性。
 少年にそっくりな顔をいたずらげに輝かせて、レゼが意地悪な声を出した。
「相変わらず睦まじいな。聖女に見つかったら大変なのに、入るに入れなかったぞ」
「すみません。絶対にお邪魔は致しませんので、せめて中へ入れていただけないでしょうか……」
 心底申し訳なさそうに謝るのは、フェイ。
 ぽかんと二人を見つめるデュノへ、スウはにっこりと笑いかけた。

 ――伝えて。 『二人は、デュノが何を欲しがると思う?』


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