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CrossRoad 人生は一本のレールなんかじゃない。 好きな奴が好きな方へ好きな速さで歩く、スクランブル交差点だ。 いつでも立ち止まることも、振り返ることもできる。もちろん、後ろ向きに歩くことも。何人もの人間が縦横無尽に歩き、走り、時にはスキップなんかもしている。その道すがら偶然歩く方向が一緒だったり、目の前を横切った奴だけが出会う。そういうものだ。 そうして、たまたま俺と行き会った奴が――――カツアゲされる。こんなカンジで。 「ねえねえ、おにーさん。いい服着てるね。俺ちょっと今困ってるんだ。貸してくれない? 百ドルぐらい」 俺は旅行者にも解り易いように、平易な英語で話しかけた。 ここはロスの汚い路地裏の一つ。 相手はアジア系の顔立ちをした、二十代後半に見える男。ぱっと見それ程身長もなく、ひょろりと長い腕には大した力もありそうにない。何より全体的に醸し出される雰囲気が、危機感がないというか、平和ボケしているというか、へたれっぽいというか。まあそんなかんじだ、推して知れ。 男は身奇麗なスーツをラフに着こなしている。なかなかセンスが良い。それだけならどこぞのハイカラなブランドにでも勤めてそうだ。が、キャリーケースを引きながら地図を片手にしきりに首を傾げていれば、どんな孔雀もカモに見える。 俺は一発で自分の優位をはかると、愛想の良い笑顔で得意の交渉を始めた。 これでも顔の造形には自信がある。マッチョ好きのこの国の人種にはウケが悪いが、アジア系なら結構普遍的に通じるくらいだ。ぶっちゃけ、笑って脅せばどうにかなる。相手がタチの悪いホモじゃなければ。 以前ルームシェアしていた相手がそういう種類の人間だった。俗に言うオカマで、おおっぴらにはしていないものの、言葉の端々にそれっぽい節があった。そいつはそれこそ逞しい野郎が好みだったから、アジア人特有の子供っぽい体つきと中性的な顔をした俺は、それこそ眼中外だった。だから平気な振りをしてシェアできたんだ。奴とは。 問題は奴の付き合っていた相手だった。もちろん野郎だ。 そいつは守備範囲が広かった。 当時、童顔で女みたいな顔をしていた俺は、ロリコン、いや、ショタのケのあるそいつに、危うく食われるところだった。もちろん性的な意味で。 もうちょっとで正当防衛を盾にぶち殺すところだったのも、今となっては懐かしい思い出だ。そうしてそれ以来、俺は児童趣味の人間が死ぬほど嫌いになった。俺自身は純粋に子供好きなんだが。 要らない心配に気を回したが、相手はごく普通の感覚の持ち主だったらしい。にこっと晴れやかな笑顔を向けてきた。 「ワターシ、エイゴ、ワッカリマセーン!」 思いっきり外人的イントネーションの日本語で返された。英語圏に来るなら、せめて『I can't speak Engelish』ぐらい暗唱しとけよ、おっさん。 素で怪しい振る舞いに、俺は一瞬中国かどっかの奴が日本人を騙ってんじゃねぇかと勘繰った。が、相手が首からさげてるデジイチが本物のキャノンだったんで、一応信じることにする。なんでジャパニーズはみんなデジカメ持ってんだ。 「日本語なら俺も話せるけど。母国語なんで。てわけで、おっさん金貸して」 「あれ、日本人? うわあ良かったあ。私、今道に迷っててね」 流暢に喋りだしたおっさんは、どこか分からないがとにかく異様に訛ってた。関西っぽい気もするし、東北のような気もする。九州や沖縄と言われればそんな気もしてくる。形だけは標準形を維持しているから、どこだとはっきり分からなかった。だがまあ、外人って程のズレでもない。 「迷ってんのは見りゃ分かる。分かった上で言ってんの」 「実はちょっとこのなんちゃらタワーズに行きたいんだけど、お嬢さん分かる?」 「お嬢……」 思いっきり絶句する。 中世的な顔をしている俺は、昔からしょっちゅう女と間違えられてきた。だが数年前にこの国に来た頃ならいざ知らず、今や18。女に見間違えられるにはトウが立ちすぎている、と思っている。自分では。 「ちょい待ておっさん良く見ろや。俺は男だっつーの」 「えー? あーーー」 日本人特有の納得なのか驚きなのか良く分からない、どっか間の抜けた声を出すおっさん。そのまま、まじまじと俺のツラを見てきて、ものすごく居心地の悪い気分にさせられる。 「ごめんごめん。私、君らの顔の違いが良く分からなくて。あー、ほんとだ男の子だ。……んー?」 そっから更にジーっと見据えられて、俺は怪訝な顔になる。 それすらおっさんは気にせず、真正面から俺の顔を見て、 「お兄さん、どこかで私と逢ってない?」 ナンパしてきやがった。 「や、それはない」 俺はクールに言い放ち、すぐさま撤収の準備をする。前述したがホモは大嫌いだ。ネタにして遊ぶのは平気だが。 じゃっと別れの挨拶の為に振り上げた手を、がっと掴まれた。 「…………」 薄ら寒い思いで振り向くと、無邪気と言ってもいいくらい満面の笑顔があった。にこにこにこにこにこ。 「なんすか」 俺の声は冷たい。 おっさんは笑顔を一切止めず、手にした地図を差し出してきた。 「私、英語話せないんだ。ここに着くまで通訳さんになってくれないかい?」 俺の勝手な予測に反し、おっさんはさっきの自分の発言を忘れたように、突拍子もないことを言い出した。 正直、面倒くさい。が、それ以上にこのおっさん、胡散くさい。 こういう時の俺の直感はなかなか外れない。丁重にお断りしようと、慌てて言い訳を並べたてる。 「残念だけど、俺、今から絶対に外せない用事があって……」 「もちろんお礼は弾むよ」 その言葉に、俺はひょいっと一本釣りされた。 「けど、ちょっとだけなら付き合えるカモ」 おっさんの笑顔が蛍光灯並みに輝く。あー嫌だこういう人種。乗っちゃう俺も嫌だけど。 「じゃあ、ちょっとの間よろしく。私はヴィセ。服のデザイナーをしてるんだ。今回はここでちょっとした個展をさせてもらうことになってね」 「へぇー。で、このビルで個展すんの? 凄いじゃん」 おっさんが示したビルは、その筋では有名なアート系のタワーだった。 「本当は国外に出たくなかったんだけど……そうもいかなくてね。外国は勝手が違うから面倒なんだよ。モデルとかこっちの人に手配してもらうんだけど、大概気に入らなくてもめるしね」 苦笑すると、おっさんは思ったより年がいってそうに見えた。20代後半かと思ったが、30ぐらいなのかもしれない。 「ま、そう遠かないし、すぐ着くから安心しな」 「そっか。よろしくね、まーくん」 地図を片手にスタスタと歩き始めた俺は、おっさんの言葉にくるりと胡乱な視線で振り向く。 「……俺、名乗ってないんだけど」 付き合い柄、そう簡単に名前や素性を明かさないのが常になっている俺は、久しく呼ばれなかったあだ名に目を据える。が、おっさんは動じない。 どうやらおっさんの言う通り、本当にどっかで会っているらしい。 記憶を探ってもそれらしい人物に行き当たらず、俺は眉間にシワを作る。悪いが記憶力には自信がある。こんな胡散臭い相手なら、なおさら忘れるはずがない。が、俺のメモリーにこのおっさんの記述はない。 「ま、いいけど」 肩をすくめてスルーしてみせる。ヴィセなんて明らかに偽名か芸名だろうと、思い出せない理由を作って諦めた。 だが、そのあだ名で呼ばれるところをここの知り合いなんぞに見られたら、軽く死ねる。それだけはどうあっても阻止せねば。 どう言いくるめるべきか一瞬で計算した俺は、ここで使っているいくつかの偽名の中から無難な一つをさり気なく提示した。 「いいかおっさん。俺のことは『真彦』って呼ぶように。次にまーくんって呼んだらシバくから」 「あれ? 真彦でまーくんだったっけ? まあいいや、行こうか」 こうして俺とヴィセさんは出会った。 ビルに着くや即行で服のモデルをしろと言い渡され、今に至る。 ここから俺が得た教訓は一つ。 交差点は前を見て渡れ。 うっかりぶつかったその相手が、実はとんでもない奴だった――なんて事は、結構よくあるんだから。 それから、この後目的地に着くまでにひと悶着あって、俺は当分この地の土を踏む事ができなくなるんだが……それは別の話。 END |
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