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いいよ。


『これはやだ。そっちのちょうだい』
『いいよ』
『僕、その色がいい。これと換えて』
『いいよ』
『やっぱりさっきのが良かった。交換しよう』
『いいよ』



 その日は、久々にレゼが僕のところへやってきた。
 双子の兄といっても、僕とレゼは見た目がだいぶ違う。子供子供と言われる僕に比べて、レゼはその辺の男の人よりも背が高いくらいだ。
 そんなレゼの趣味は、城での仕事をほっぽりだして、神殿にある僕の部屋へ忍び込むこと。
 聖女や神官達の目をかいくぐってまで会いに来てくれるのは、正直嬉しいんだけど……。
「お前、部屋汚いって。貰い物で山を作るな」
 開口一番これってどうなの。
 別に僕の部屋は汚いわけじゃない。毎朝生真面目な下級神官が隅から隅まで掃除をしていくんだから。埃も塵も落ちてないよ。
 ただ、レゼが嬉々として漁りだした机の上だけは話が別。
 僕には毎日、呆れるくらい献上品が届く。山一つ買えるくらいの高価な宝石から、畑で取れた野菜まで、種類も価値もいろんな物が。
 ほとんどが魔力の供給を感謝してのものなんだけどね。なにしろ量が多い。
 もちろん食べ物は厨房の方へ回してもらったし、使える物なら世話係から通りすがりのオジサンまで、たくさんの神官たちにあげて回っているんだけど、それでも余る。
 例えば今レゼが持ってるお酒の神様の木像。酔っ払ったおじさんが彫ってあるだけの物なんだけど、神様をかたどった物なんだから無下に扱えない。きっと、くれた人も扱いに困って持ってきたんだろうな。
 他にも百年以上前に作られた人形とか、庭を掘ったら出てきた壷とか、掛け軸とか。本当に善意で献上してるのか疑いたくなるような物が多い。
「欲しい物があったら持ってきなよ。ほんとに要らないから」
「おう、いつも悪いな」
 レゼは毎回品物を漁っては、適当な物を見繕って帰っていく。自分だって一部屋埋まるくらいの物を貰ってるくせに、なんだってこんな変な物を貰っていくんだろう。
 僕は近くの椅子に腰掛けて頬杖をついた。
「レゼって昔から欲しがりっていうか、強欲っていうか。なんでそんなに何でも欲しがるの?」
「好奇心が旺盛って言え。確かにガキの頃は我侭だったけどな。身分柄、大抵の物は手に入ったし」
「むしろ僕の物を欲しがったよね。なんで?」
「や、人の物って良く見えるんだこれが」
「そうかなぁ」
 僕はそもそも人の物なんて欲しいと思わないけど。
 レゼは目を細めて絵を見てる。何がいいのか僕にはさっぱり分からない、物凄い絵だった。持ってきた人の息子さんが趣味で描いたって聞いた。
「喜捨、清貧を美徳と掲げる神殿の司祭様にゃ、こういった俗な話は分からんか。でなきゃ他人に我が身を賭けて施しをするなんてできないだろうし。まあ、お前は生まれつき物欲が薄すぎるとは思うがな」
「そうだっけ?」
「俺が何を欲しいって言っても、『いいよ』の一言でくれただろ。普通の子供なら嫌がるのにさ。おかげで俺は母さんにシバかれまくったものだ……」
 急に視線を遠くへ向けて薄ら笑いを浮かべるレゼ。何を思い出しているんだろう。
「けどまぁ、無欲っつうのは司祭として丁度いい素質なんじゃないか。無自覚ってところが問題だが」
「え?」
「普通はな、自分が物欲やらなんやらを持ってる人間だってことを自覚して、その上で理性の拘束……まあ、努力して欲望を捨てるものだろ」
 レゼはこちらを見ようともしない。心の篭らない様子で品物を適当に手にとっては並べていく。
「だけどお前の場合、ただ関心がないだけだ」
 こういう時、レゼは一歩踏みこんだような声の出し方をする。相手のことを分析しきって、断定する時の声だ。
 でも僕にはいまいちピンとこなかった。
 これまで僕はレゼに物を上げる時、心の底からあげてもいいと思った。それで機嫌が直ってくれるならその方が良かったから。他の人にあげる時だって、僕には必要ないからいいと思っただけなのに。
 それのどこがいけないんだろう。
 皆喜んでくれるし、レゼだって快く受け取っていくじゃないか。
 考えがうまくまとまらなかった。頭の中に霧がかかったみたいに、先が読めなくなる。
 ……面倒くさい。
 こうなると僕はいつも考えるのを止めにする。
 レゼは僕の事なんか気にせず、妙に髪の長い人形をしげしげと見ていた。ぼそぼそと「あれ? この人形って夜中に……っていう噂のあれに似て……いや、何でもない」って呟いて、誤魔化すように笑った。怖いよ。
「人形って言えばさ、お前、今もあのどでかいウサギのぬいぐるみ、持ってるのか?」
「ウサギ?」
 言われてからしばらく何のことか思い出せなかった。ゆっくりと記憶を辿っていくと、本当に遠い昔の思い出が引き出されてくる。
「もしかして、七歳の誕生日の贈り物だったウサギさん?」
「そう。俺がクマで、お前がウサギだったやつ」
 当たり前だけど、僕らの誕生日は同じ日。子供の頃は城で盛大な祝賀会をして、異国の賓客から珍しい贈り物をたくさん貰ったりした。
 そのうちの一つが当時の僕と同じくらいの大きさのぬいぐるみだった。くれたのは確か隣国の国賓だったと思う。アーゼンのウサギは茶色や黒、灰色ばっかりで、真っ白でふわふわの体が物珍しかったのを良く覚えてる。
「あれさ、お前めちゃめちゃ気に入ってて、俺がいくらクマと交換してくれって言っても聞かなかったよな。『絶対ダメェェエー!』って」
「そうだっけ?」
 そういえばそんなことをした覚えがあるような。
 レゼがいつものようにちょっと自分のに飽きると僕のを欲しがってきて、僕は確か……。
「お前、城中駆けずり回って逃げただろ。あのどでかいウサギを引きずり回してさ」
 その通り。
 あの頃は僕も健康そのものだったから、地下から屋上から何周も走り回った。逃げて逃げて逃げて逃げて。ふと我に返ったら、いつの間にかウサギの赤い目が取れちゃってたんだ。落とした目はどれだけ探しても見付からなくて、二人してわんわん泣いたんだっけ。
「目が取れてた時は焦ったなあ。お前があんなに泣いてるところなんて初めて見たし」
「ああ、レゼがクマの目をくれたんだよね」
 隣国の偉い人がくれただけあって、ウサギの目は紅玉で、クマの目は黒曜石でできてた。落っこちた目は心無い人が持っていったんだろうって言われて泣いてたら、レゼが自分のぬいぐるみの目を取ってくれたんだ。そういえば僕がレゼから物を貰ったのって、あの時ぐらいなような。
「まあな。お兄様に感謝しな」
 その百倍、僕の方が感謝されてもいい気がするけどね。
「あの時、俺は思い知ったね。デュノの逆鱗に触れると、かくも執念深く諦めが悪いのかってさ。お前、泣きながら俺をボコボコにしただろ」
 そうだったっけ? あの頃は魔法を使われると負けっぱなしだったけど、素手で喧嘩をしたら五分五分だったから、そんなこともあったかもしれない。
「結局お前は、興味のない物なら誰にやろうがどうなろうが知ったことじゃないけど、一度関心を持ったら絶対に譲らないわけだ。いや、逆だな。関心のある物があまりに少な過ぎて、譲歩することを知らないんだ。たまのワガママ好きなママってな」
「レゼだって諦め悪いじゃないか」
 僕は口を尖らせて文句を言う。
 だって、レゼが一度欲しいって思った物は、どんな物でも何年掛かっても確実に手に入れるってことを知ってるんだから。したいと思ったことだって同じ。僕にそんな根気はないよ。
「俺は学習しました。『押して駄目なら早々に折れろ。つうかむしろ自分でやれ。作れ』というお言葉を頂戴いたしまして。……母上に」
 そういえば僕から物を貰った後、レゼはいつも母さんに呼ばれて、説教という名の折檻をされていたような……。あんまり思い出したくない。
「で、ウサギは?」
 レゼは人形を持ったまま、ひょいとこちらを振り返った。
「捨てられたよ。聖女に」
 神殿に来た頃は毎日ウサギを連れて歩いてた。
 ぼろぼろになっても手放さない僕を見かねてのことだと思う。ある日、部屋に戻ったらどこにもウサギはなかった。後で聖女が指図したんだって聞いた。
「……そうか」
 レゼは特別表情を変えずに人形に向き直る。人形の関節を動かしたり、ひっくり返したりして遊んでる。
「これ、貰ってってもいいか?」
「いいよ。でも、何で」
 僕の質問には答えずに、レゼは曖昧に笑って人形を袋にしまった。その沈黙が怖い。
「今日のところはこんなもんかな。また来るから、いいもん仕入れといてくれよ」
「僕は骨董屋じゃないってば」
「ははは。じゃあな」
 呆れ返る僕に手を振ると、レゼは窓から出ていった。即座に神官に見付かって、大急ぎで逃げていく。
 いつもいつも、ご苦労なことだなぁと思う。



『デュノ。僕、それも欲しいんだけど……』
『いいよ』
『ありがとう。ね、デュノも何か欲しい物、ある?』
『え? うーんと……どうでもいいよ』


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