BACK//TOP
 どれだけの間、そうしていただろう。
 少年は呆然と立ち尽くしたまま、微動だにせず目の前を見ていた。無害な月光の中へ身を晒し、佇み続ける小さな影。青い影が顔へ降り、表情は分からない。
 誰もが声をかけるのをためらう中で、彼はゆっくりと屈み込み、足元に落ちた懐中時計を掴んだ。
「……嘘つき」
 呟きよりもはっきりと、意思を宿した言葉。
 瞬きと同時に浮かぶ、彼女の横顔。消え去る一瞬、振り返った表情が瞳に焼き付いてはなれない。
 恐れるように見開かれた瞳。そこから伝い落ちる、涙。
 泣いていた。
「君は嘘ばっかりだ」
 あんな顔であんなことを言っても、何の意味もない。きらめいた雫が真実を語った。
 全ての思いを涙に変えて、君は。
 目を閉じて、もう一度彼女を思い出す。時が全てを奪ってしまう前に。
 脳裏に焼きついた笑顔。いつも微笑んでいた。必死に感情を抑えて。
 泣かないで。
 それは、泣き顔だよ。
「嫌だ。僕は絶対に、認めない」
 一言一言を吐き出すように、強く言い切る。
 ゆらりと立ち上がった。
「絶対、諦めない」
 決意と共に振り返り、時計を握り締めた。
「デュノ……」
 名を呼ばれて顔を上げる。
 どんな言葉をかけるべきか戸惑っていた相手が、わずかに目を見開いた。
 そこに、どんな光を見たのだろう。
 少年はその場に立ち竦む人々を見渡した。
 誰にも止めさせはしない。
 悠然と微笑む。
 そう。これは全てへの牽制。



 君がその道を行くというのなら。
「邪魔、しないでね」
 僕は僕の望む道を行く。






第一部 Here編 終

BGM “残酷な天使のテーゼ” by 高橋洋子
BACK    TOP   第二部予告   Here編あとがき
第二部Suh編へ   サイトトップへ
copyright (c) 2005- 由島こまこ=和多月かい all rights reserved.