どうか、今一度考え直して欲しい。本当に指導者たり得た者は、この国にいたのだろうか、と。 『指導者論』作者不詳 終章 その晒し首は、誰よりも幸せそうに微笑んでいた。 長いまつげを伏せ、やわらかな白金色の髪を台の上からこぼれさせた姿は、まるで名匠による彫刻のようだった。生死の生臭さから超越した美しさがある。 陽の光を受けて輝く髪に、ひとつの影が差した。 短く切った赤がね色の髪の上に、帽子を目深に被っている。優しげな面持ちを苦渋に歪ませ、彼は黙って彼女を見つめ続けていた。 なにも言わず、ただじっと生首を見つめる彼に、見張りの男が不信感な視線を注いだとき。 「……そろそろ、参りましょう」 彼の背後から、男にしては軽い声がかかった。 振り返れば、旅支度を調えた濃緑色の髪の男――カイハが、両手に大きな鞄を二つ持って立っていた。彼の長い髪もまたばっさりと切られ、あちこちへ向けて跳ねていた。髪を切るのはアーゼン式の喪の服し方だ。フェイもそれにならい、自ら髪を切った。 フェイはカイハへ頷き返すと、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。 一息吸い、溜息のように長い煙を吐く。 それだけで、ぽいと、晒し台のほうへ投げ捨てた。踵を返し、大股で歩み去る。 カイハとすれ違う瞬間、 「頼みます」 「はい――」 カイハは目を伏せるのに合わせて、彼女へ小さく礼をした。 「〈はなあや〉」 その瞬間、地面でくすぶっていたタバコの火が、炎を上げて晒し台に絡みついた。見る間に燃え広がり、晒し首たちを巻き込んで火柱を上げる。炎の風が彼女の美しい白金の髪を巻き上げ、チリチリと焦がしていく。 見張り番の叫び声と、動揺する民衆のざわめきが城の前庭に広がった。 炎に人々が集まるのを背に、二人は静かにその場を辞した。 その後、グルディンの未熟な民主政治は、暗礁に乗り上げるばかりだった。革命に乗じて権力をえた者はことごとく腐敗し、革命時に掲げた理想とはかけ離れた治世となった。 長引く不況に人々は疲れ果て、ついにはあの革命を後悔し始めてさえいた。 そんな折。 田舎の小さな出版社から、一冊の本が出版された。 『民主論』の続編となるその本は、『指導者論』。 その書は闇夜の中の灯台のように、遠くから民を導いたという。 〈了〉 |
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