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 小ぶりな斧が振り上げられ、太い麻紐を切断した。
 ザッと、分厚い刃が落ちる。
 ぶつんといやな音がして、麻袋を被った彼の首が落ちた。長い朽葉色の髪が尾を引くように転がって、地の道筋を描いていく。傷口から血が噴き出し、断頭台の下に水溜まりを作った。それが彼の髪をじわじわと紅く染めていく。
 シェラは目をつむって、彼の最後の言葉を思い出した。断頭台へ上がる前に、アークノインは言ったのだ。

「今度こそ、彼はよい書を著わすでしょうか」
 その言い方が他人事のようで、シェラは一瞬、こたえられなかった。
「国も家族も、愛する人さえも失って、それでも書かれる書とは、どういったものなんでしょうね」
「今度こそ、正しく民を導く書ですわ」
 シェラははっきりと言い切った。
 彼の巻き付けられた包帯の下で、くっとわらう音がした。
「……でしょうね。――あいつはそういう男です」
 そして、色味だけは優しい碧眼を空へ向け、本当にぽつりと、
「見たかったな……その世界」
 そして、彼の名が呼ばれた。『王太子アイゼン・ディル・ファーラフェイ』、と。
 アークノインは最後にシェラの手を取ると、その手を撫で、口づけた。
「それでは、一足先に、冥府にてお待ちしております」
 その芝居がかった仕草は、不思議とその場になじんでいた。彼は一礼し、断頭台への階段を上っていった――。

 シェラの名が呼ばれた。
「お姉様……!」
 取りすがろうとするフィーネを、シェラは優しく抱きしめた。
 そしてドレスの裾を持ち上げると、静かにその階段を上っていった。
 壇上からは、城の前庭が見渡せた。彼女の足元のごくわずかな場所をのぞいて、様々な髪色をした人々がひしめいている。遠くに見える門からは一世一代の大見物を見ようと、民衆が続々と駆け込んできていた。
 その中に、見慣れた赤がね色の髪が見えた。
 シェラは目を見開く。
 彼は人混みをかき分け、こちらへまっすぐに向かおうとしていた。素顔を晒したその姿は、包帯の巻かれた右肩を紅く滲ませている。
 その隣には、濃緑色の髪をした小柄なアーゼン人の男がついていた。
「フェイさま……」
 断頭台の上で小さく呟く。強力な結界の張られたこの場所では、魔法はおろか言葉すら通じないかもしれない。それでもシェラを目指して、フェイは叫んだ。
「やめなさい――!」
「イェーフ、やめるんだ!」
 その彼を押しとどめる臙脂色の髪をした男、ノースト。他にもあの酒場で見た顔が、彼をおさえ込もうと必死になって掴みかかっていた。
「今すぐ処刑をやめるのです、今すぐ――!」
 その声に、シェラの胸になにか温かいものがこみ上げた。
 彼の優しい碧眼をまっすぐに見すえ、呟く。
「……生きて」
 その言葉は小さく、誰にも届かなかった。
 だがその次に発した言葉は、はっきりと民衆たちの耳に届いた。
「――『民よ、今こそ手を取り合って進め』――」
 フェイの顔が泣きそうに歪む。
 シェラはそれだけで満足し、にっこりと笑いかけた。
 そして、麻袋が被せられて――。
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