末っ子:いつきの幕間4

 赤いクレヨンでぐりぐりとまあるい苺を描く。
「ふるこーすを食べたあとは、ぜったいケーキでしょ」
 白いケーキに真っ赤な苺。緑のへたをつければショートケーキのできあがりだ。
「ふふんふーん、…………」
 無邪気に絵を描いていた手が、不意に止まった。
 いつきはちらりと先ほど崩れた壁の一部を見る。人間の子供らしき骸骨が、顔半分のぞかせるようにして現れていた。
 いつきはぶんぶんと頭を振った。
「こあくない、こあくないっ。いつきはつよい子、まけない子!」
 五歳児にしては懸命にも、骸骨を無視し、いつきは落書きに没頭していく。
 広い部屋には素敵な肖像画。廊下には黒猫。
 ページを戻ってこっちは白猫。可愛いチョウチョもたくさん飛んでいる。
 
 ――いつき。
 
 ふいに名前を呼ばれた気がして、いつきは設計図から頭を上げた。
「……だぁれ?」
 辺りを見回すも、あいかわらず誰もいない。
 いつの間にか夕方になった空からは赤い光が差しこみ、欠けた薔薇窓のステンドグラスの色と混じって、いつきの姿をぐちゃぐちゃな色に染めていた。
 物陰の闇は濃さを増し、じわじわとこちらへ迫ってくるように広がっている。
 いつきは急に恐くなった。
 壁の骨がむき出しになっただけでも恐いのに、ぼろぼろの城は今にも化け物が飛び出してきそうな雰囲気だ。そんな城で、小さないつきはたった一人で兄たちを待っている。
 いつきは胸に冊子を抱え込み、兄たちの名を呼んだ。
「勇おにぃちゃん。春おねぇちゃん、秋おねえちゃん、どこー?」
 答える声はない。
 しかし、さっと人影が目の端をよぎった。
「勇おにいちゃん!?」
 背の高い男の人だった。
 いつきは立ち上がり、慌てて男の後を追いかける。
「待って――待って! 勇おにいちゃん!」
 階段下の扉から中に入り、元は食堂だった広い部屋を抜けようとしたとき。
 足元の石床が、ボゴリと嫌な音を立てて外れた。
「きゃっ――!!」
 転びそうになり、体勢を立て直そうと下を見る。
「え」
 いつきは息をのんだ。
 彼女の小さな足首を、床下から伸びた大きな手ががっしりと掴んでいたのだ。
 ボゴリッ、とさらに床の石が抜ける音が響く。
「――――――――!!」
 悲鳴を上げる間もなく。
 いつきは、暗い暗い奈落へと落ちていった。


 『――この城は、子殺しの城と呼ばれている――』
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