末っ子:いつきの幕間2

「――勇おにいちゃん、おねえちゃんたち、どこ行ったのお〜?」
 冷たい石造りの二又階段に座り込み、いつきは泣いていた。
 豪奢な手すりがついた階段の下からは、冷たい三月の風が吹き上がってくる。
 幾柱もの飾り柱が並んだホールに、スンスン、といつきが鼻をすする音だけが響く。それは仄暗い吹き抜けで反響し、幾人もの子供が泣いているように聞こえた。
「春おねえちゃん! 秋おねえちゃん!」
 叫んでも返事はない。
 どれだけの間そうしていただろう。
 やがて涙も涸れきった頃、いつきの中に兄たちへの憤りがむくむくとわき上がりはじめた。
(こんなところに、ひとりでおいていくなんて、ひどい! みんな、見つけたら『心配させのつみ』でうったえてやるんだからっ!)
 ぎゅっとこぶしを握りしめて立ち上がったとき、少し離れたところに落ちていた冊子がぱらぱらとめくれた。
「なにこれ、ご本……?」
 しゃがみ込んで冊子を拾う。薄い本には皮の装丁がされていて、しっかりと重かった。
 風もないのに翻ったページを目にして、いつきの目が輝いた。
「これ、とってもいい『きゃんばす』だわっ」
 絵を描くのが大好きないつきは、いつもクレヨンを持ち歩いている。すぐにポシェットからクレヨン一式を取り出し、設計図の図面にお花の落書きを描きはじめた。
「……ふんふんふ〜ん……ふふふ〜ん」
 いつしか自分がどこにいるのかも忘れ、鼻歌を歌いながら落書きをしていた。
 今度は鼻歌が反響し、みんなでハミングをしているような気分になる。
「ふんふんふーん、ふんふふ〜ん」
 石造りの床は冷たかったが、陽の光が差しこむエントランスはそこまで冷えこんではいなかった。はがれた天井画に描かれた天使や柱の上に飾られた彫刻だけが、夢中で絵を描くいつきを見下ろしている。
 そしてどこか、長兄の孝一が見守っているような、そんな気配がした。
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