末っ子:いつきの幕間5

 暗い地下の石床には、天井から一筋の光が差し込んでいる。
 キラキラと舞う埃の下で、いつきはしゃがみ込んで泣いていた。
 すん、すん、と鼻をすする音が、暗い室内で不気味に反響している。
「勇おにいちゃん…………春おねえちゃん…………」
 助けを呼んでも、誰もいないことは分かり切っている。
「秋おねえちゃん…………」
 しゃがんだまま顔を上げると、この地下室で唯一の出口である腐った木の扉が目に入った。もうとっくに試したが、あの扉は押しても引いてもびくともしない。蹴りつけてもみたけれど、幼いいつきの脚力ではまったく歯が立たなかった。
「うう……、おひざとおしりがいたいよう。だれかたすけて……」
 泣きながら血のにじんだ膝小僧をさする。暗闇で歩き回ってその辺の器具にぶつかってしまい、転んで膝をすりむいてしまったのだ。落ちてきたときにぶったお尻も、じんじんと痛い。誰もいない暗闇の中で、その痛みは心細さをぐんぐんと加速させていく。
「誰かぁ……」
 いつきは闇に慣れた目であたりを見回した。
 狭い室内には何か鉄製の器具が置かれている。いつきには何かわからないが、どれも真っ赤に錆びて使い物にならなくなっているようだ。
 その時、視界の端にポッと明かりが見えた。
「――!! だれ!?」
 焦点を合わせると何もない。
「なんで……?」
 いつきはそうっと立ち上がり、明かりが灯ったように見えた器具へと近づいた。
 木でできた机、いや、ベッドだろうか。普通なら枕になる部分に門のような器具が付いていて、その橋渡しをするように錆びた鉄板があり、中途半端な高さで引っかかっていた。
「…………?」
 不思議に思って真っ赤に錆びた鉄板に触ろうとしたとき。
 いきなりドンッ! と背中を押された。
「きゃあ!!」
 ギシリと腐った木のきしむ音がして、ベッドの上にいつきの小さな体が転がった。
 同時に、誰もいないのに頭上の鉄板がザッと音を立てて落ちてくる。
 いつきの細い首へ向けて。
「キャ―――――!!」
 ……ギシッと錆のきしむ音がして、それは首の寸前で止まった。
 真っ赤に錆びた鉄板が、目前にせまる。

 幼いいつきはその器具の名前を知らなかったが、勇二たちが見ればこう言っただろう。
 ギロチン、と。
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