プロローグ 兄からのメール

 拝啓
 やあ、みんな元気にしてるかな? 孝一お兄ちゃんだよ。
 我が家の愉快な仲間たちのことだ、きっと元気なんだろうな。
 たとえば、神経質な勇二は始終胃の調子が悪くて、粗忽者の春海はタンスの角で足の小指をぶつけ、無駄に元気な秋代は勇二にヘッドロックをかまして、末っ子のいつき(・・・)はそれを笑って見ているにちがいない。うんうん、仲良きことは良きことかな。
 そんなお前らとは対称的に、不肖のお兄ちゃんは一人寂しく――それはもう、日本に置いてきたセキセイインコのスズメちゃんが恋しくて恋しくて仕方ないくらいに――ドイツの古城巡りをしてるんだけど、いや〜、やっぱ本物は違うね。
 豪華だし綺麗だし、かっこいいし、資料の山って感じ。ほんと、思い切って卒論のために欧州巡りの旅に出て正解だったなぁ。滅多にトイレがないことを除けば、このままこっちに住み着いちまいたいぐらいだよ。

 で、次に行くエゼルブルグ城についてなんだけど、またこの城の面白いこと!
 ……出るんだよ。
 出るんだよ、本物のオバケが。
 あ、勇二、いま鼻で笑っただろ。春海は遠いところを見て溜息ついただろうし、秋代は舌打ちしただろ。いつきに至っては「孝一おにいちゃん、だいがくせいなのにオバケしんじてるって〜」っつって、父さんに言いつけに行っただろ。わかるんだぞコラ。
 ――とまあ、事の真偽はともかくとして、それだけこの城には血生臭い過去があるってことだ。
 件の城は十二世紀にたてられた貴族の城館で、ドイツ南部の山深い森の奥にあり――なぁんて、詳しい歴史を書きだすとまた「読んでる途中でみんな寝た」とかいうむなしい返信をもらうから、泣く泣く詳細は省くけど。
 噂では、ここには二人の子供の霊が出るらしいんだ。
 一人目は三代目領主の娘レイラ。幼い頃に井戸へ落ちて死んだらしい。
 もう一人は十二代目領主の次男ニール。こっちはすごいぞ、突然発狂した召使いによって、一家惨殺されたんだそうだ。この子は増築途中の壁の隙間に逃げ込んで、唯一生き残ったものの、そこから出られず餓死。
 この二人の呪いでか、この城を手に入れた者はみな三代ともたず滅んでいるんだとか。さらに所有者がいなくなっても、子供の不審死や行方不明が続いているとか言われてて……。ついたあだ名が『子殺しの城』だ。はんぱねぇ。
 そんな古城へこれから行くんだぜ、お兄ちゃんの涙目っぷりもわかるだろ? うん、マジもう帰りたい……。え、自分で行くのに何言ってんだって? それとこれは別なの!
 とか愚痴っちまったけど、俺も尾張が誇る日本男児。オバケごときにビビっちゃ、ご先祖様のご近所さんだった織田信長が泣くってもんよ。
 歯ぁ食いしばって耐えてやるからな。どんと来いってんだ!

 じゃあな、お前らも風邪とかひくなよ、俺はこっちでインフルさんひいて、医者にジェスチャーで不調を訴えたんだからな。
 ほんと、体だけは大事にしろよ。特にいつきはちっちぇえんだからさ。

P.S
 土産もんはスーパーの菓子な。ブランドモンとかワガママ言うんじゃねえぞ、春海。

                     みんなのアイドル 孝一お兄ちゃんより
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