7.ここらでちょいと一休み おっさんを除いた三人がいやぁーな空気を漂わせて、黙々と通路を歩き続けること数十分。 傾斜が続く足元ばっかり見ていた俺へ、レニアローツェ女史が気まずけに口を開いた。 「……ロイエス、いつまで不貞腐れてるの」 「おーちーこーんーでーるーんーでーすぅー」 野郎に噛み付くとかいう、ものすんごい不本意な事態のせいで……いや、『おかげ』でなんとか飢餓状態を回避できたものの、俺の心の傷は深い。 だって想像してみろよ。野郎とキスしてるところを好きな子にバッチリ目撃されたようなもんなんだぞ。 いいや、俺たちにとってはキスよりもっと深い意味がある。 そう、とても直情的な。 ――ッああああ死にたい! 灰になれるもんなら跡形もなく燃え尽きてしまいたいっ。そんでもって風に吹かれて飛び去ってしまいたいものだよ! 今この場から!! 何度目かの溜息をさめざめとつく俺へ、レニィが腰に手を当てて軽く説教をかました。 「過ぎてしまったことはしょうがないでしょう。傷ついてるのはルシェクリードも同じなのよ」 「……俺は物理的な意味でだが」 「ほら。彼もああ言ってるし、気にすることないのよ。ね?」 重低音な横槍を軽く流して、彼女が顔を覗きこむ。 ……その滅多に見せない優しさが痛いです。傷口に荒塩とレモン汁擦り込んだ並に痛いです。 「誤解したことなら私も謝るから。仕方なかったんでしょう? 私も二人の内でどちらかなら、ルシェクリードの方が美味しそうだと思うもの。なんとなく」 ちょっ、アイツの方がって、つまりその、そういう意味でですか!? 慰めのつもりが会心の一撃キメてますよ、お嬢さん! ……でも、ツッコむ気力もねぇ。 一言ごとに肩が沈んでいく俺を見かねて、先を歩いていたルシェクリードが振り返った。その顔が疲れきって見えるのは幻覚か。 「レニィ。それ以上やると、ロイエスがさっきの谷に飛び込むぞ」 「あら、どうして?」 「時として、同情は男を惨めにするものなのですよ……」 しみじみと頷きながら、おっさんが分かったようなことを言う。そういう意味で凹んでるわけじゃないんだけどなぁ。まあ、人間には分からないよな。 全員に気を使わせる状況になってしまい、俺は慌てて笑顔を作った。 「いや俺も悪かったよ。そうだよな、いつまでも引きずってたらダメだよな」 「ええ。私も魔物と一緒にサーベルが谷へ落ちたこと、もう引きずってないわ」 あ。 そういえばレニィの剣、俺が魔物にぶっ刺してそのまま落ちたんだった。 「あの剣、とても大切なものだったのだけれど。閣下に銘を刻む許可を頂いた時には、一生手放すものかと思ったのだけれど。投げる時も、それはとてもとても悩んだのだけれど」 レニィは淡々と、しかし切々と語り続ける。俺を見もせずに。 じ、女史。これはめちゃめちゃ根にもってますよね……? 「ごめん、いや、すみませんでした。ほんと、俺……」 俺が雨の日に捨てられた子犬のようにプルプル震えながら縮こまった。 「いいのよ。覚悟してから投げたから」 さらりと放たれた声からは、嘘みたいに押し付けがましさが抜け落ちていた。 「あの時言ったでしょう、『次はない』って。あれ、本気だったのよ。でもあなたがあまりに危なっかしくて、見てられなかったから」 くすりと、彼女は真っ直ぐに前を見たまま笑う。苦笑よりは少し優しい。 「もう手元には戻ってこない覚悟で、投げたのよ」 「……っ」 それって。 それってつまり、あの瞬間だけでも、彼女の中で俺の方が大事だったって事だよな。 銘を刻んだサーベルより。 その剣が誓った閣下よりも。 やべぇ、嬉し……! 「でも、まさか本当に返ってこないとはね」 「すんませんすんませんすんませんすんません」 ストンと落ちた声色に、小さくなって謝りまくった。 俺がサーベルを回収できてれば、全部丸く収まったはずだ。剣を引っこ抜くぐらい、軽くできたはずなのに。 なのに、回収してくる期待すらされてなかったことに凹みます。実際その通りになってるし。 「あー、俺もまだまだ未熟だなぁ……」 溜息の分だけ肩を落とす。別に自覚がなかったわけじゃないが、改めて現実を突きつけられると落ち込むよ。 人のことばっかり言ってられないなと、自分で自分を戒めた時。 「おいロイエス。お前の剣の鞘、貸せ」 今までさんざんっぱらダメ出ししてきた相手が、涼しい顔で命令してきた。 そういえばコイツ、何言われても顔色変えないよなぁ。このぐらい図太くなりたいものだ。 「良いけど……何するんだ?」 「この岩を崩す。見ろ」 そう言ってルシェクリードが触れた岩の隙間から、わずかに明るい光が零れていた。うっすらと黄色がかった光は、俺たちには強すぎる太陽光。 知らず時間の感覚を失っていたらしく、俺はのんきに今が昼ってことに驚いていた。で、それからこのでっかい岩の向こうが念願の地表だってことに気付く。 「まじで! いつの間にそんな上のほうに!?」 「通路の傾斜から、徐々に上がってきているとは思っていたけれど……」 呟いて、レニィが岩へ顔を近づけた。小さな顔が明るく染まる。淡い光を返し、彼女の冴えた緑の瞳がきゅっと姿を変えた。鋭く縦に長い、猫の瞳孔へ。 それを見ておっさんが一瞬で血相を変えた。のほほん一辺倒だった顔を引き攣らせて、そうっと背をむける。 人間は俺たちの瞳を見ると、本能的な恐怖を感じるという。暗闇では瞳孔がバカでかくなるせいで印象が変わるから、そうでもなかったみたいだが。 「壊すといっても、ひどく大きな岩が重なっていますし……。他の地点を検討しては?」 「この先は下りになっている。すぐに出られるとは限らない」 冷静に足元を確認していたルシェクリードが立ち上がり、ひょいと俺へ手を差し出した。一瞬何のことだか分からず、面食らう。 「さっさと貸せ」 鞘のことだと分かったのは、奴が言い出す一秒前。 「いや俺もやるし――」 「おとなしくしてろ。ヘタに動いて、また貧血になられても迷惑だ」 「なにをう〜?」 俺だって一刻も早くここを出たいから手伝うっつってんのに、この野郎はァ〜……言い方ってモンがあんだろーが! 気色ばんだ俺の肩を静かに叩いたのは、レニィ女史だった。 「ロイエス。あなた、またルシェクリードのお世話になるつもり?」 「うっ」 瞬時に駆け巡る悪夢。 あれだけは嫌だ。絶対に嫌だ!! 小さくなって頭を抱える俺を無視し、レニィは自分の鞘を取り外してくるりと半転。剣のように構えた。 「私が手伝うから、ロイエスはジョムスさんと一緒に休憩してなさい。くれぐれも齧らないように」 「わかってるって」 ちぇっと舌打ちして口元を歪ませると、ルシェクリードがさっきと同じ体勢で手を出し続けているのに気付く。 うお、今一瞬コイツの存在忘れてた。 コイツって大人しくしてると目がすべるっつーかなんつーか、たまに悪気なく無視しちゃうんだよな。喋りだすとそうでもないんだけど、基本的に口数も少ないから、つい。 「ほらよ」 鞘を投げ渡すと、ヤツは面白くもなさそうな顔で品定めした。 「意外と軽いな」 「悪かったな、安物で」 「いいさ。今は役に立つ」 薄く笑い返し、軽く鞘を掲げる友人。 俺は不貞腐れて反対側の壁へ寄りかかる。そして内心密かに呟いた。 ……鞘だけなら、持てるんだな。 以前、何かの拍子にルシェクリードへ剣を預けようとしたことがある。軽く投げ渡した時のアイツの顔ときたら、見れたものじゃなかった。 例えるなら、キッチンでゴキブリに遭遇した女の子。叫びこそしなかったけど、思いっきりはね飛ばされて……しかも鞘から抜けた剣が矢のような勢いで飛んできたりして、ひどい目にあった。 ほんと、なーんで持てないのかねぇ。 力もある。戦闘センスがないわけでもない。そのうえ燃費は抜群に良い。 武器さえ扱えれば上を目指すこともできただろうに、本当に惜しい男だ。 ガキンと硬い音がして、小さな破片が足元に飛んできた。 次いで聞こえるルシェクリードの鋭い舌打ち。 「堅いわね」 「奥が鉄重石みたいだな……。他に手ごろな場所がないか探してくれ」 「分かったわ」 この辺りはさっきみたいな人工の粘土でできた壁と違い、天然の岩がむき出しになっている。ところどころ黒い岩や透明な岩が、粘土質と思われる赤黒い土に埋まり込んでいた。 土を崩してもすぐ鉄のような黒い岩にぶち当たり、硬い音が響く。 ルシェクリードは適当な隙間に差し込んだ鞘を、片手でギリギリとねじ込んでいる。どうして両手でしないのかと疑問に思うのと同時、ヤツの右腕にある赤い染みに気づいた。 「ルシェクリード、お前、腕……」 「左手だとうまく力が入らない。レニィ、支えててくれ。上から蹴りを入れてみる」 「ええ」 涼しい顔で俺の発言を無視して、ルシェクリードが足を振り上げる。ノミの要領で突き込もうとしているようだが、鞘が折れるのを心配してそれほど力はこめていない。 ……思いかえせば、俺が噛みついたときに口の中でブツンっていった気がする。 たぶん、腕の腱が切れた。 運悪く喰歯が当たったんだろうが……それでも黙ってスタスタ先頭きって歩いてたのか、コイツ。 無性にムカムカしてきた。 こんのヤロォ、無事にヴァルツへ帰ったらシバいてやる。吐くまでパック血液、飲ませまくってやるからな! 俺のおごりで! 覚悟してろよっ! 意味の分らない決意を胸に、俺は壁際で小石を蹴飛ばした。すると近くでおとなしく座っていたおっさんに当たり、用もないのに振り向かれてしまった。 「ど、ども」 「ご用でしたか〜?」 「いや、えーっと……。あ、ジョムスさんって俺らのこと、怖くないんですか?」 慌てて会話を振ってみる。できるだけ口で息しながら。ごめん、おっさん。加齢臭とかじゃないから許して。 何気ない質問に、おっさんは疲れた顔へのほほんとした笑顔を乗せて、超頷いた。 「いやぁ、怖いですよー。今もぷるぷるしてますよぉー。さっきキミが怖かった時は、いい年して本気で泣きそうでしたよぉーーー」 カクカクコクコク頷くおっさん。あんたは壊れたブリキの牛か。 「そんな風には全然見えないんですけど……。最初に魔物が出た時も、まったく恐がってなかったじゃないですか」 「ああ、魔物は別ですよ。実は私には『魔物ばらい』のケがありまして」 「魔物ばらい!?」 魔物ばらいとは、決して魔物に襲われない人間のことだ。食い殺されることもなければ、文字通り歯牙にもかけられない。運悪く出会ってもツルッとスルーされて終わるらしい。 噂では東のほうの人間に限定して、極々稀にあらわれる特徴だとか。臭いで区別しているらしいが、あいにく俺たちは魔物じゃないんでどこが違うのかさっぱり分からない。 「はじめて見た。だから一人でこんなところへノコノコ来てたんですか……」 若干臭覚に注意を向けつつ、おっさんをまじまじと見やる。なんか怪しいフェロモンとか出てんだろうか。 けど、どう見ても普通のおっさんだったし、どう嗅いでも普通の人間だった。 「昔は護衛を雇ってたんですが、もう、目の前で人がバリバリ食べられるのを見るのは嫌ですからねぇ。あの時は君たちも食べられちゃうのかなぁと思ってたら、いきなり消えてしまってちょっと安心したんですが――」 「は? 消えてないですよ。スゲー応戦してましたよ!」 ヒトが全力で逃げたみたいな、人聞きの悪いこと言わないでください。 憤る俺を不思議そうに見返し、おっさんが宙に指を走らせた。 「こう、パッと消えてパッと出てきてたじゃないですか。ヒュンヒュンヒュンって。あれも新手の魔法だと思ってましたよー」 で、へらっと笑う。緊張感の欠片もない、気の抜けた笑顔だった。 …………えーーーっと。 それってようは、俺たちの動きが速すぎておっさんには見えてなかったってこと……? や、動体視力なさすぎだろ、それ。 投げたモンならともかく、体の動きが見えなかったとか言われても、すぐには信じられない。見えるだろあれぐらい。つか見えて普通……だよな? 「ほんっとうに見えてなかったんですか?」 「はい。この細道で魔物が出たときも、先頭を歩いてたキミが一瞬で最後尾に立ってたんで、目を疑ったぐらいです」 「思いっきり目のまえ駆け抜けたんですけど……気付かなかったんすか」 「ええ。なんかブワッて風が来たのは分かったんですけどねぇー」 ぽりぽりと頭をかきながら申し訳なさそうな顔をされた。 俺はもう、ビックリしすぎてどういう顔をしたらいいのかわかんなかった。 見た目が似てるせいか、無意識に同じ感覚を共有してると思い込んでたんだ。 身体能力の差は叩き込まれたけど、人間の知覚レベルなんて講義じゃ教えてくれない。血液パック世代の俺たちは人間と知り合う機会が少ないから、無知なのは俺だけじゃないだろう。直接摂取が主流だった頃のじい様たちは詳しいけどさ。 正直、ここまで違うとは思ってなかった。 うっすらと胸の奥が寂しくなる。 それを明るい声で噛み殺した。 「だぁから、いつまで経っても吸血鬼って気付かなかったんですね。なんでも魔法で納得しすぎですよ」 「キミにもらった食料が鉄臭かった時点で『あれぇ?』と思い始めたんですけどねぇ。まさか吸血鬼がこんなに親切で面白おかしく、魔法が使えて遺跡に興味があるうえに背景事情にも詳しいだなんて、思いもよらなくてですねぇー」 へらへらと笑い返してくるおっさん。あなたの判断基準は遺跡が全てなんですか。っていうか後半ルシェクリード限定じゃねぇか。 「けど、今はそれほど恐がってるようには見えないんですけど……」 内心ツッコみたいのを無理やり抑えて、伺い伺いといった雰囲気をかもし出しつつ聞いてみる。 予想通り、おっさんは楽天的に笑った。 「この年になると、他にもたくさん怖い経験をしてますからねぇ。『あのときに比べればそれほどじゃないなぁ〜』なーんて思っちゃえば、案外それまでです」 「吸血鬼三人に囲まれて、魔物に追っかけまわされるより怖いことってあるんすか」 「妻に浮気がばれたとき、ですかね」 「あー」 さすがは魔物ばらいだ。比較対象の次元が違う。四次元と十二次元ぐらい違う。 「あの時はフライパンで気絶するまでボコボコに殴られましたよ。次の日から毎日が針のむしろでした。さりげなく兵糧攻めされて、夕食一つ満足に食べられなかった。いやあ、若気の至りとはいえ、あれ以上に恐ろしい経験はないですねぇー」 「まさしく死ぬより怖いってやつっすね……」 「神の前で生涯を誓い合ったのに、裏切りを働いたわけですから。当然といえば当然かもしれませんが、ねぇー。うちの家内、根に持つタイプで」 はあーっと深いため息をつくおっさん。 対する俺はどこか他人事に「人間も色々大変なんすねー」と相槌を返すだけだ。 俺たちも恋人同士にはなるけど、結婚はしない。子供を作るだけで、籍を変えたり住居を共にしたりはしないのが普通だ。子供も大抵は母親が育てる。 なぜなら、明日には生きていないかもしれないからだ。 人間たちは女を守り子供を養うために、同居し、名をそろえ、財産を足し合わせる。 それらは片方が失われたあと、どうなる? 遺産を整理して、同居人の痕跡を消し、また新しい相手を探して、相手の籍に入り、また名前を変えて。 そんなの、俺たちにとっては手間以外の何物でもない。 俺たちが住む西の荒野は、草木も生えぬ不毛の地。今はこんこんと湧き出る原油を燃料にして豊かな暮らしができてるが、昔はこの原油こそが絶望の象徴だった。古人たちが望んだのは燃える油ではなく、喉を潤おし木々を育てる純粋な水だったのだから。 それに加えて、魔物だ。 現在では軍が討伐活動を続けているから治安も安定しているが、以前は十年に一度くらいの周期で魔物の大群に襲撃されて、かなりの犠牲を出してきた。ヴァルツが壊滅寸前に追い込まれたことも一度や二度じゃない。 そして第三の敵、人間。一人ひとりは小さな力だが、なにしろ数が多い。ま、その繁殖力の強さに俺たちがあやかっている部分も大きいんだけどさ。 様々な事情で一時は絶滅するかと思われるほど数が減っていた俺たちには、一人の男に一人の女の一生を背負わせるのは難しかった。 よって結婚という形態はどんどん磨耗し、最後には「女が子を育て、男は必要ならば助力する」という、ツガイの基本形式だけが残った。 もちろんこれだけでは足りないところはある。そういうところは社会全体で補うのがしきたりだ。今は治安から政治まで幅広くつかさどっている「軍」がそれぞれの財産を半分管理していて、子供の養育などを補助したりしている。と言えば聞こえはいいが、ようは税金がバカ高いってことだ。一般的には“非婚姻型女系全体社会”と呼ばれている。 俺たちは一人で生まれ、一人で養い、一人で死ぬ。 友人知人が多いことは誉れだが、自立できぬ者に価値はない。 それが我ら、西の荒野に生きる者の常識。 こんな事情のせいか、一生を一人に捧げる奴も滅多にいない。兄弟で片親が違うなんてこともザラだ。 社会的なフォローがあっても、援助なしで子供を育てることは難しい。一人に執着した結果、ソイツがいなくなったときに路頭に迷うようでは困る。リスク回避の一手段として、親しい者は多いに越したことはない。 男女問わず、子を養うと決めた者ならば誰もが行き着く合理的な答えだろう。 でも本音を言わせてもらえば、恋愛しかり武術しかり、男なら黙って一点集中しろってのが俺の自論だけどな。剣術なんて一生やっても極められるか定かじゃないのにさ。二兎を追う者は走り疲れて死ぬんだぜ? なーんていう、俺のうがった同族論なんていざ知らず、隣でおっさんが長年にわたる妻の虐待ぶりを涙ながらに語り続けていた。 へーとかほーとか機械的に相槌を打っていると、急に硬い音が響いて岩の穴が広がった。 さあっと光の帯が伸びて、鞘を引き抜こうとするルシェクリードの顔を照らす。目が眩んだのか、ヤツは嫌そうに顔をしかめて、使えない左腕を額へかざした。 それを見たおっさんがフム、と小さく頷く。 「しかし吸血鬼が美形ぞろいって噂は本当だったんですねぇ。レニーさんもちょっとキツイですが、とても愛らしいお顔をしていますし。特にあのルー?」 「ルシェクリード?」 「そうそう、ルせクリード君。すっごく綺麗な顔してますよねぇー」 「え。えええええー??」 思いっきりダミ声が出た。 光の中でぼやける友人の顔をまじまじと見つめる。 「……あれが?」 俺に言わせれば、特徴がなすぎて印象に残らない顔だ。別に綺麗だとかは微塵も思わない。いや、決して悪くはない。悪くはないんだけど。 でもアイツ、愛想ないくせに無駄にモテるんだよな……男女問わず。レニィもさっき「この中で選ぶならルシェクリード」とか言ってたし……。うわ、むしろ俺の感覚が変とか? うーん、人間ってああいうのが好みなんだろうか?? それともおっさんだけ? 相当に微妙な顔をしていたらしく、おっさんが慌ててフォローした。 「いえいえ、ロイエス君もロイエス君でとても男前なんですが、こう、なにか本能的に怖いと言いますか、ああいうスッキリしたかんじの方が十人好きすると言いますか、えー……ええーーーー?」 間延びしたおっさんの語尾が、俺の背後に向けられた視線と一緒に上を向く。 直後にザッと耳へ届くのは、あの重い足音。 嫌な予感に顔を引きつらせて、俺がぎこちなく振りむいた。 「ちょっ……」 いいかげんにしてくれ。 絶句の陰に隠れて、心の隅でうんざりする。 だって、しかたないだろ? 通路の奥、暗い闇の底に、真っ黒な巨体があった。 |
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