2.遺跡は罠だらけ 「うへあ!!」 石造りの通路に俺の叫びがこだました。なんとも情けないのはご愛嬌ってことで。 翌宵、遺跡に辿り着いた俺たちは、軽い食事を済ますと探索へ向かった。 遺跡はたいそう古い石造建築で、地上部分は風化してほとんど原型を留めていない。生き残った数本の柱も、触るとぼろぼろに崩れていく。 何の手掛かりもないかと思われたが、ルシェクリードが勝手知ったる様子で瓦礫をどけると、不思議なくらいあっさりと地下への階段が見つかった。奴曰く、この形式の建物はどれも構造が良く似ているらしい。ただそれは目に付く地上のみで、地下はとんでもなく入り組んだ迷宮になっているとか。 擦り減った階段を降りていくと、細い一本道に出くわした。 ……まあ正直、どこが迷宮だよとか思ったね。 だから思いっきり油断して、軽い足取りで三メートルくらい歩いたさ。 で、次の一歩を踏み出した瞬間、自分の足音が変わったことに気付いた。少しだけ音が高くなって、響いている。まるでその下が空洞になっているかのように。 古典的過ぎて泣けた。 落とし穴ですってよ! 「ッ!」 とっさに穴の端を掴んで、腕一本で側面にぶら下がる。 「……トロイエス」 なぜか落とし穴を回避して向こう側に立っているルシェクリード。お前のほうが先を歩いていたくせに、なんで落ちてないんだ。 奴の言いやがった不名誉なあだ名は、俺が何かしらミスった時に放たれるもの。応用編の『エ』のつく方をレニィの前で言いやがったら、ぶっ殺す。 「ロイエス、ダサいわよ」 女史まで痛恨の一撃を。おもわず手の力が奪われるぜ。 「くぅっ、末代までの恥かも」 俺は涙を拭う振りをして、縁を掴んだ指先に力を込める。同時に壁を蹴り上げて一回転し、ストンと穴の手前に着地した。 安全を確認して、俺はそうっと穴をのぞきこむ。鋭利な槍がいくつも仕掛けられていて、その間に白い棒状の物が散らばっていた。良かった、同士がいて……じゃなく、ご愁傷様でしたー。 「早く行くぞ。遺跡に罠があるなんて当然だろ」 「へーい」 三メートルはある穴を助走なしで飛び越えて、気軽に一歩踏み込んだ時。 「お約束其の弐ー!」 真横から矢が飛んできた。それも、大量に連続して。 とっさに剣で払い落とす俺たちだったが、その合間を縫ってルシェクリードが。 スパンと俺を蹴飛ばした。 ゆっくりと倒れる俺。後ろには落とし穴。そして槍。 え? 何? コレ。 つかお前なんで蹴ってんの? え、実は敵? 俺はぽかんとした表情のままひっくり返って落下、しなかった。 おそらく風の魔法だろう。風圧が俺の体を支え、後ろへ倒れこむのを防ぐ。片足でなんとかバランスを取ると、風は解けるように消えた。 「っとと、あっぶねぇな!」 この野郎。殺すのか生かすのかどっちかにしろってんだ。 「阿呆め」 ルシェクリードが呆れた顔をして足元を示した。見ると、石造りの床の内、一つの石がわずかに突き出ている。 あー、俺がスイッチを踏んでたから、矢が出続けてたのか。納得。 「でも待て。いくらなんでも蹴っ飛ばすことはないだろ! 俺が怪我でもしてみろ、戦力激減だぞ? お前は前線出れねぇしっ!」 「手前に引っ張った方が良かったのか? 気を付けろよ。そこ、おそらく警報スイッチだ。地下とはいえ、魔物がいないとは限らないんだからな」 「そ、そういうことは早く言え! 先歩いてんだから注意ぐらい促して当たり前だろ!?」 「見るからに分るものを言う必要がどこにある」 「分んねぇから言ってんの!!」 微妙に殺気立つ俺とルシェクリード。 「この場合、どっちが悪いのかしら」 レニィは間に入ることもなく傍観し、溜息をつく。 すると俺たちは同時に、 「「コイツ」」 と互いを指差したのだった。 一本道は五十メートルを越えた辺りでT字路になり、そこから続く左右の道もすぐにT字、さらにT字と、いよいよ迷宮の色を帯びはじめた。 と、軽く言ってしまえば簡単そうだけど、ここまでの道のりがやたらと長かった。 一本道はこちらが通りやすい反面、敵さんも罠が仕掛けやすいということで、考え付く限りの古くさいトラップが散りばめられていた。 降ってくる檻、転がる岩に飛び出す槍やら毒やら。魔法を使った地雷や足止めが一番面倒くさかった。物理的なものなら力でなんとかなるんだが、魔法が関わるとルシェクリード以外は物の役にも立たなくなる。 今もあっさりと魔方陣に封じ込められた俺を無視して、フリーなお二人はT字をどっちへ進むか話し合っていた。 「あーのー……」 「なんだトロイエス」 「あなたはそこで待ってた方が安全かもしれないわよ? トロイエス」 プライドを粉砕する女史のお言葉。うん俺もそう思う。 というか、説明をさせていただきたい! 基本的に俺たちはルシェクリード、俺、レニィ女史の順で歩いていたわけだが、このご学友、ありえないほどあっさりと罠を避けやがる! 普通に歩いているだけなのにスイッチやら石やら魔法センサーやらを避けてるんだ。 で、奴が避けた分だけ俺がとばっちりを食らうと。 しかも背後のレニィがちょっとでも危ないと、すかさず助けてしまう。彼女が助かる分、俺が二倍の被害をこうむっていたりする。 「なんでルシェクリードは罠にはまらないんだー!」 魔方陣の中で地団太を踏む。 そもそも避けるならこっちに注意を促せってんだ。なんにも言わずにテクテク避けてく方が悪いんじゃねーの? 奴は嫌そうに眉間に皺を寄せて、面白くもなさそうに答える。 「お前がはまり過ぎなんだ。胡散臭いスイッチを自分から押したりする方が悪い」 俺だって人並みに好奇心ぐらい持ち合わせているさ、と胸を張ると、溜息半分で目をそらされた。絡んでこいよ! そこで諦められたら俺の立場が無いだろうが! 「でもお前、さっきから一個も引っかかってないだろ? 統計学的に見てもおかしいって!」 「そうね。妙に対応が手馴れているし……あなた、前にもこの遺跡へ来たことがあるの?」 レニアローツェの問いかけは、本人の意思に反して詮索の色を含んでいた。 このテの質問を友は酷く嫌うが、レニィは必要なときは容赦なく言う女だ。 ルシェクリードは俺の魔方陣を解きながら、さも面倒くさそうに答える。結界が音を発てて割れた。 「ない。ただ、似たような遺跡には何度か連れて来られたことがある」 「誰に」 「……あの女に」 その動きを、俺は風圧で感じただけだった。 「ずるーい!!」 レニィが友の胸倉を掴んで持ち上げ、カクテルシェイカーのように規則正しく上下に揺さぶった。残像でルシェクリードが引き伸ばされたように見える。 「私も閣下と来たかったー! ルシェクリードだけずーるーいー!!」 金切り声とはまさにこれ。しかも壁に反響して二重三重に響き渡るものだから、鼓膜を突き抜けて脳味噌の中がぐわんぐわんする。 「ま、待て、レニ……っ、大、声、出すな」 さすが、遺跡のプロは危機に際しても仰ることが違う。 普段シケたツラばっかりしてる友人の悲劇に、俺はにやにや笑いが止まらない。いつも俺を小ばかにしてくれてるんだから、ここは一つ、不名誉なあだ名でも。 待てよ。 二人の話を頭の中で処理してみる。奴と閣下の間に何かしらの繋がりがあって、そのせいで今回の件が俺たちに降り掛かったのだとしたら、この真っ青な顔をして壁に寄りかかってるボンクラが全ての元凶ということか? 「……今現在のボンクラ率はお前の方が上だ」 思わず思考を垂れ流していたらしい。 ルシェクリードが荒い息をついて、恨めしげにこちらを睨んでいた。 なにをう、と食って掛かろうとした俺だったが、レニィ女子の良く通る声に止められる。 「あら、ごめんなさいルシェクリード。寄ってきちゃったみたい」 悪びれることもなく冷静に右の道を見ている女史。クールな顔してますが、あなたも大概マイペースですよねー。 足音はまたも一つ。魔物か、それともこういった遺跡特有の何かか。さすがにオバケは信じちゃいないが、古代の魔術で作られた生物や精霊は実在してるんだからしょうがない。 ほらみろと壁から離れようとした友は、手を離した途端、ふらついて壁に激突した。 「……吐きそ」 俺たちは他の動物よりも三半規管が敏感な分、一度狂うとそう簡単に治ってくれない。レニィシェイクをモロに食らった友人は、しばらく戦力外だろう。 「なっさけねー。まあ見てなって、俺様がいっちょ軽く揉んできてやるから」 ボンクラの汚名を本家に返上してやる。 だが、角を曲がって現れたモノを見て、俺たちは一様に顔をしかめた。生理的な理由で。 目を貫く閃光。カンテラの明かりだ。 「あのぉー……同業の方、じゃ、ないですよねぇー」 土に汚れた身なりの五十過ぎとみられるおっさん。自分の胴回りより二倍くらい大きなリュックを背中に背負っている。ぱっと見、テントウムシみたいなシルエットだ。 その匂いから分かることは一つ。 人間だった。 おっさんの名前はジョムス=オゼット。遺跡を専門にした考古学者だそうだ。 さすがは人間。名前が短い上に、『シェ』やら『ツェ』やらの古臭い音が入っていない。もっとも、俺も同族としては前衛的に名前が短いから、人のことは言えないんだけどさ。たまにルシェクリードみたいな、いかにも昔はどこぞの領地持ってました的な名前に憧れる時もある。 おっさんを見るなり、俺たち三人は「今すぐ帰れ!」と口を揃えた。 この辺りは人間が来て良いような場所じゃない。魔物は出るわ俺たちは出るわ、村もなければ湧き水すらない、人間にとってめちゃめちゃ過酷な土地なんだ。どうやってここへ辿り着いたのかは知らないが、無事に帰れると思ってくれるな、人間よ。 ああ、もちろん俺たちが何かするわけじゃない。 人間から血液を頂くには、厳格な法によって定められたルールをいくつも守らなきゃならない。採血方法、摂取量、相手の痛みやストレスの程度にいたるまで、その内容は徹底している。 罰則も厳しくて、同意無しで吸血したり、あまつさえ殺したりすると、問答無用で処罰されてしまう。なので、昔みたいに人間攫って吸血パーティでもしようものなら、当事者全員打ち首獄門、一族揃って辺境送りの憂き目にあいます。 特に今のトップになってからの厳しさは半端ない。ぶっちゃけ俺たちより人間の方が優遇されてんじゃねーかとも思うくらいだ。おっと、こんなことを言っちゃいけないな。 そんな俺たちの事情も知らず、人間は日々俺たちに怯えて暮らしているわけだ。こっちの努力を思うと、なんだか切なくなってくる。 だから俺たちはおっさんが無事に母国の土を踏めるよう、あれやこれやと言いくるめてみたわけなんだけど……。 このおっさん、あっさり断りやがった。 なんでも自分は遠く東の人間の国 (俺たちに国の感覚はない。世界の全てが自分たちの所有地ってことになっている) からやってきた学者で、ここにはあと五日ほど滞在できる準備がある。何も見つからなかろうとできるだけ滞在して、遺跡の状態を調べてしまいたいんだとか。 この発言に困ったのが俺たちだ。 何しろ三日後日の深夜には軍の調査団が入ることになっているのだから。 このおっさんがこんな所をうろうろしているのが見つかったら、軍の奴ら、調査の邪魔をしたとかなんとか言って酷い目にあわせるだろう。場合によっては、その場で喰ってしまうかもしれない。 完璧を誇る我等が法も、こういった遠方での出来事までは目が届かない。特に取り締まる側のことは、な。噂じゃ、中央勤めでも地方へ出た途端に腐ってしまう奴らがウヨウヨいるらしいし……。 あーもう、この際言っちゃうか。 俺たちが吸血鬼だって言えば、このおっさんもビビッて帰るんじゃね? とかいう安直な考えで、俺は全ての事情を話してしまおうとした。 「あのねおっさんぅぶえっ!」 が、途中でルシェクリードの阿呆に手刀を食らう。それも喉笛直撃。 即座にむせ返る俺、っつーか、死ぬわ! 背を丸めて咳き込んでいると、加害者が小声で耳打ちしてきた。 「阿呆なこと考えてんじゃねぇだろうな。人間の思い込みの激しさをなめんなよ? 一度バレたらこっちの言い分なんて聞きやしない。パニック起こして自滅するだけならまだいいが、こんなところで巻き添えを食らったらどうなるか……てめぇ、分ってんのか?」 ぼそぼそしてて聞こえにくいけど、口調がいつもと微妙に違う。……こういうときは素直に従うのが一番だ。このご学友は魔法を人間に習っているから、俺たちよりは人間の生態に詳しいしな。 奴の言い分をまとめると、俺たちが吸血鬼と呼ばれる種族であることをバラすのは却下。人間は俺たちを必要以上に怯えるし、下手をすれば恐慌状態に陥る。こんな罠だらけの遺跡でそんな真似をすれば、待っているのは……。 その様子を想像し、俺は年甲斐もなくぞっとした。さっきまでの罠の数々を考えるに、冗談で笑い飛ばせないものがある。 と、その時、俺の脳裏に名案が白い鳩のごとく降り立った。 このおっさんは遺跡の専門家なんだから、連れてったら便利じゃねぇ? この提案に思いっきりしかめっ面をしたルシェクリード(とレニィ)だったが、おっさんの「ここと下の階までなら、もう調べてありますよ」の一言に、渋々同意することとなる。 ラッキー! これで迷わなくて済むじゃん。これ以上罠にも引っかからなくていいし。 「いやー、すみませんねぇ、荷物まで持っていただいて」 微妙にとろくさい喋り方で頭を掻くおっさん。あのー、埃だらけの髪からなんか落ちてるんですけど。 「いや私、丁度三日前にこの遺跡に来たんですけどね。ほら、ここって珍しいリーウ型建築様式じゃないですか。え? 知らない? 今から四千年ほど昔、この地に栄えたカパムジャッカ帝国の後期に建設され、このように地上部が左右対象の……」 まったりと説明を開始され、困り果てる俺。見るとレニィもわずかに眉間に皺を寄せたまま停止している。 「カパムジャッカ……ああ、ケイファムジェイク帝国のことか」 数秒後、荷物持ちになったルシェクリードだけが理解できたらしい。 俺にはさっぱり分からんのだが……ああ! 昔歴史の教科書に一行だけ載ってたやつか! あまりの訛りっぷりに理解が追いつかなかったぜ。 「いやぁー、それにしても、こんな所でこんなにうっつくしい学生さん達に出会えるとはねぇ。やあ、冒険とはいいもんですなぁー。しっかし、最近の学校は危ない宿題を出すものなんですねぇー」 「あ、あはは……まあ、そうですね……」 そう。まさか閣下から極秘任務を言い渡されているなどとは言えず、俺たちは本職である学生として歴史の課題をこなすためにやってきたということにした。ここから近いエンザードという人間の国はここら一帯を自分たちの領地だと言い張っているそうだから、そこの国の人間だってことにして。 カンテラの明かりが見えた瞬間にサングラスをかけたから、瞳も見られていないだろうし、頑張ればまあ、なんとか通せんじゃね? こんな暗い遺跡でグラサンかけてて大丈夫? とか思うかもしれないが、俺たちの目は光に敏感だから、カンテラの明かりがあれば視界は十分確保できる。 ま、人間にゃまずありえないだろうから、暗いところでも見える魔法のかかった黒眼鏡ってことにした。都合の悪いものは全部これは魔法の品で云々〜とか言っちゃえば、信じちゃうんだよな、人間って。 ってか人間の使う魔法の道具ってほんとなんでもアリだよな。俺たちは魔法が使えないのが普通だから、感覚の違いにびっくりだ。 それからなんでおっさんが『美しい』なんて褒め称えてくれたかというと、どうも俺たちは人間より顔の作りが良いらしい。俺たちからすればこのぐらいが標準装備なんで何とも思わないが、おっさん曰く「かなりのもの」だそうだ。 俺たちは逆に人間の顔がどれもこれも似たり寄ったりに感じるから、そのへんの感覚がかなり違うっぽい。 昔、先祖が夜な夜な人間たちを狩っていた頃には、この美貌がたいそう役立ったとかいうことを思い出したが……今となってはさしたる意味もないしなぁ。言われるだけで実感がないっつーのも微妙だ。 レニィは確かに同族でも上位の方だと思うが、あの印象の薄いルシェクリードでさえ、人間の目から見ると十分美形なんだとか。 いや、俺は別にあいつの顔の作りが悪いとか言いたいんじゃなく、こう、特徴が無過ぎると思うんだが。華がないというか、逆に崩れてたほうがインパクトあったんじゃねぇかっつーぐらい覚えにくい顔だ。俺以外にもルシェクリードの顔が分からないダチは結構いたから、万人共通で覚えにくい顔なんじゃないかなー。 そう思って友人を凝視していたら、あの野郎、おっさんのリュックをこっちに投げつけやがった。思わずキャッチした後で、今度は自分が荷物持ちになったことに気付く。 「重! 俺は前衛なんだぞコラ」 「バカか。どこの人間が一撃で魔物を仕留めるんだ」 ……待て。つまりアレか? 俺たち今、人間並にしか動けねぇってこと? 「その荷物、見た目より重いだろ。それを背負って動けば、少しは人間に近くなる」 「絶対だな? 自分で持つのが面倒くさくなったんじゃねぇよな?」 「あ、そこ罠」 「!!」 思わず踏み出した一歩を止める俺。 「って、罠だったらおっさんが教えてくれるはずだし!」 「嘘に決まってんだろ」 野郎、ぶっ殺す。 一瞬で殺気立った俺たちの横を通り過ぎながら、レニィがクールに言い放つ。 「……バカねー」 その台詞、どっちに向かって言ったんでせう。レニアローツェさん。 俺たちのやりとりを気にせず、柱や壁を確認してメモを取っていたおっさんが振り返った。 「やあー、最近の子は早口だねぇー。オジサン、君らが何を言ってるのかまぁったく分からないよー」 予想外の反応に、俺は「へ?」と間抜けな反応を返した。 俺にしてみれば、おっさんの喋り方のほうがトロくさく聞こえる。ふむ、これは俺たちと人間での、方言の違いみたいなものか? 「やや、気にしないで下さい、最近はこういうのが流行ってるだけで」 半笑いを浮かべて、できるだけゆっくりと答える俺。自分でも嘘が聞き苦しすぎる。 「ほほー。ああ、ここです。こういった形の階段を降りていきますとね、大抵祭壇の間に出るんですよ。ここは本当に典型的なリーウ型建築ですから、まず間違いないでしょう」 自信をもって言い切るおっさん。専門家にそう言われたら俺たち素人は「ハイソウデスカ」と頷くしかない。 が、その階段が問題だった。 ほら、普通祭壇の間に通じる階段なんて言ったら、でかくてごついのを想像するじゃないか。もしくは蓋をパカッと開けたら出てくるような、隠し通路とか。 けどそうじゃなかった。おっさんの言う階段は、俺たち素人だったら絶対に素通りするような、壁のひび割れのことだった。 「せまっ!」 「……どうやって通れと?」 つい素で反応してしまった俺とレニィだったが、さすが専門家と曲がりなりにも齧ったヤツは違うね。 おっさんとルシェクリードは訳知り顔を見合わせると、壁の裂け目に手をかけ、壁を左右に引っ張った。ゴゴゴと重い音がして、壁が開く。もっとも開いたのはルシェクリードの方だけで、おっさんがいくら力をこめても老朽化した壁はピクリとも動かなかったが。 唖然とする俺に向かって、博識のご学友は涼しい顔。 「元々隠し通路だったのが経年劣化で半開きになっただけだろ。見れば分かる」 隠し通路、隠れてねぇー! 一時は壁に挟まれて横歩きをするハメになるかと思ったが、そうはならないようだ。 あー良かった。 |
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